編集後記


2012年04月30日(月) SPring-8施設公開2012 [長年日記]

年1回開催されているSPring-8施設公開が4月30日に開催されたので行ってきました。

普段でも正門入ってすぐの普及施設棟は見学でき、平日なら説明員が同行する予約見学ツアーもあります(施設見学について参照)が、蓄積リングの中、とりわけ加速器の構内にまで入れるのは、この施設公開の時しかありません。

施設公開への参加は2008年に続き2度目。SPring-8には知人の職員の方に案内してもらったことも何度かありますが、やはり奥の奥まで入れるのは施設公開のみです。わくわく。

SPring-8は(Super Photon ring-8 GeV)の略。8Gevは「80億電子ボルト」の意味。「大型放射光施設」と呼ばれます。「放射光」は指向性(決まった方向にしか進まない)が非常に強く、非常に明るいのが特徴の光(というか電磁波)で、SPring-8は、この放射光を使って物質を原子レベルで調べることができる施設です。

SPring-8が活躍した研究で最も有名なものとしては、世間一般には、和歌山毒入りカレー事件の亜ヒ酸の分析、そして、天文関係ではもちろんあの「イトカワ」微粒子の初期解析を忘れてはいけません。

と、ここまでいってしまえば簡単なのですが、放射光を作り出すのが並大抵のことではありません。というのも、放射光は「光速に近い速さで運動する荷電粒子が強い磁場の中で進路を曲げられた時」に発生する電磁波なのです。なので、まず、そういう「光速に近い速さで運動する荷電粒子(SPring-8の場合は電子)」を生成しなければなりません。

まず線形加速器で電子を10億電子ボルトまで加速、さらにそれをシンクロトロンという楕円形の加速器でぐるぐる回して80億電子ボルトまで加速します*1

そうして高いエネルギーを持った電子(1個ではなく「バンチ」と呼ばれるひとかたまりになっています)は、SPring-8を最も特徴づけている、あの巨大なドーナツ型の建屋に収められた、全周1500メートル弱の蓄積リングに送り込まれ、電子はリング内をぐるぐる回りながら放射光を発生させます。

発生した放射光は、蓄積リングを取り巻くように配置された実験ハッチでいろいろな実験に使われるという仕組み。

(以上の説明は、光のひろばを見るといいかもしれません)

*1 電子ボルトという単位は見当がつきませんが・・・・テレビのブラウン管の電圧って2000ボルトでしたっけ。ということはブラウン管の後ろの電子銃から発射される電子1個のエネルギーが2000電子ボルトかな

加速器ツアー

施設公開は、明石の天ボラの一人のお誘いで参加することになりました。総勢8名。2台の車で向かいます。私も車を出しました。7時30分に加古川駅集合。出発。

こんなに早く出かけたのは、イベントの一つとして開催される見学ツアーに参加するためです。20人程度のグループに説明員がついて、決められたコースを巡ります。人気なのですぐに埋まってしまうために早く出発しました。

しかしSPring-8近くの共同駐車場へは8時30分に到着。開場までまだ1時間もあります。駐車場からSPring-8まではシャトルバスが出るのですが、3kmほどですし、待っていてもしかたがないので歩くことになりました。

これが正解。バスよりもずっと早く受付の列に並ぶことが出来き、最初の目当ての加速器ツアーの3番目のグループに入ることができました。

受付待ちの行列

線形加速器棟へ

加速器ツアーは線形加速器からシンクロトロンを経て蓄積リングまで、電子ビームの流れをたどっていきます。「これは加速器の歴史を順に追っています」というお話し。なるほど。

入口には大量の鍵がかかっています。

中へ入るときは本人認証の上で自分の鍵を抜いて入り、出ると必ず戻します。鍵を抜かなければ中にはいれませんし、全部の鍵がここに戻っていないと運転を開始できない仕組みです。運転中の加速器は強い放射線を出すため、人がいるのに運転を始めてしまうと危険。そのための安全機構です。同じようなシステムは、蓄積リングなどにもあります。

全長140mの線形加速器

一番端の電子銃で電子を発生、線形加速器で10億電子ボルトまで加速。

線形加速器で加速された電子は、さらにシンクロトロンへ。

シンクロトロン

延々と電磁石が並びますが、緩やかにカーブしているのがわかります。

さらにその一箇所で分岐

むかって左はシンクロトロン、右は蓄積リングへ。

ツアーの一行は、蓄積リングに向かうラインを追っていきます。

前方に急勾配。その先に蓄積リングがあります。

ここはすでに蓄積リング棟の下。加速器はリングの外にあり、地下をくぐってリングの内側から電子を送り込むようになっています。

外側から送り込んだほうが簡単で、海外の施設はそのようになっているのですが、それだと実験設備を置くスペースが減ってしまいます(放射光生成の原理上、実験設備はリングの外回りに配置されるのです)。なのでSPring-8では内側から電子を送り込むことにしたとのこと。

そしてようやく蓄積リングに到着。

画面向かって左が蓄積リング、右は加速器から伸びてきたライン。

ここから先は蓄積リングです。

建物の外見から誤解されそうですが、ここでは加速はしません。80億電子ボルトのエネルギーを維持しながら電磁石で電子の進行方向を変えて放射光を発生させます。

蓄積「リング」なので、リング内をまわるように電磁石で電子の向きを変えると放射光が発生するのがまず基本で、ほかにも電子を蛇行させてより強い放射光を発生させるような仕組みもあるとのこと。

ここでツアー終了。疲れた・・・

実験ホール1周ツアー

昼食のあと、今度は実験ホール一周ツアーへ。

蓄積リング棟は内周が電子ビームがまわる蓄積リング、外周は実験ホールになっています。

放射光はリングの接線上に放射されるので、放射光を導くビームラインも接線上に何本も延び、その先にコンテナ型の「光学ハッチ」「実験ハッチ」が配置されています。このあたりはビームラインマップを見るとその様子が一目瞭然です。

実験ホールは一周約1500メートル弱。移動には自転車が欠かせないようです。

床面には何本ものタイヤ痕、「STOP」「減速」などの標識、壁には「駐輪禁止」などの張り紙がいたるところに。

実験施設だけあってゴミ箱の分別も普通じゃありません。

「手袋はこちら!」

「電球・電灯類 水銀灯・蛍光灯は入れるな」

いやまあまだそれほど「普通じゃない」感は出てないでしょうか。

床面の緑のラインですが、ここ、実は溝になっています。

ビームラインのある側と、建物の外側とを分離しています。振動が伝わらないようにするための工夫。震災前の明石市立天文科学館の時計台と同じ構造です。

実験ホールを一周するのは初めて。どんどん歩いて行くと、過去に見たことのない光景に出会います。

いきなり、目線の高さを延びるビームライン。

建屋の外まで延々と延びる長尺ビームライン。250m級のものや1km級のものがあります。これらとは別の話ですが、某自動車メーカーなど、「自動車一台丸ごと放射光を当てたい」という要望があり、「さすがにホール内に車を入れるのはまずいだろ」ということで建屋の外に実験室を作ってビームラインをそこまで伸ばしたとか。それぞれの目的に合わせてカスタマイズされた実験設備が設置されているようです。

こういうところはビームラインをくぐって行かなければなりません。そこらでリンボーダンスする姿が・・・(しないしない

実験ハッチの一つ。

そしててくてくてくてく歩いて行くと・・・

おまたせしました。

「イトカワ」微粒子を解析した実験ハッチ、BL47XU。

このケースに、微粒子が・・・

いまは入っていません。もちろん

解析装置

3方からパイプが伸びているその中心に、サンプルを置いて解析したとのこと。

実験ハッチを含め、そこかしこに、大きな緊急停止ボタンがあります。万一、高放射線が発生する区画に人が閉じ込められた場合などに押すことになっているのですが、以前、ここを押すと全部停止すると聞いたことがあります。

改めて説明者の方に確認すると、そうだとのこと。

全部とは、本当に全部です。加速器から蓄積リングすべて瞬時にシャットダウンします。当然、すべての実験がとまることになります。

SACLA見学

最後はSACLAを見学に行きました。

SACLA(SPring-8 Angstrom Compact Free Electron Laser)」はX線レーザーを使って物質を調べる事を目的にした施設です。

SPring-8で生成される放射光も主にX線なのですが、レーザーではありません。

X線レーザーができれば、原子レベルの細かい構造に加えて、原子レベルの細かい動きもわかるようになります。

ということで、SPring-8の敷地の南の端にX線レーザーを使った施設「SACLA」が建設され、昨年6月7日にレーザー発振に成功、2012年3月から本格稼働を開始したとのことです。

SACLAへは蓄積リング棟の正面になる中央管理棟からバスで。

SPring-8の敷地面積は141万平方メートル、よくある野球場との比較では、甲子園球場の約36倍にあたります。

とはいえ、SACLAで見学できる場所は蓄積リングのすぐ隣。中央管理棟からだと蓄積リング沿いに四分の一周の距離。そういえば前に施設公開に行ったときは、歩いたなぁ。

バスで近づくと壁のように東西に伸びる建屋が迫ります。

SACLAのX線レーザーも、発振方法はSPring-8の放射光と基本的に同じです。電子銃で電子を発振し、加速して、強い磁場で進路を曲げるとX線が生まれます。磁場を発生するのは、SPring-8でも使われているアンジュレーター。ただし、レーザーにするには、さらにX線の波の山と谷を揃えなければなりません。このあたりのことは、SACLAのホームページを参照。

前回に行った施設公開では、X線レーザーの試験設備を見学したのでした。

SPring-8の実験ホールにあったのと同じような実験ハッチがあります。

その奥に、レーザーを発振する光源棟。

光源棟内部

SPring-8の加速器や蓄積リングを見てきた目には建物の中は意外とスカスカでした。

施設概要図を見ると、5列ならぶ予定のようです。現在は2列が設置されています。部屋は途方もなく奥行きがありますが、そのまた向こうに、電子ビームを発振する加速器棟がそれ以上の奥行きであります。

光源の末端

ここで電子とレーザーが分離され、レーザーはそのまままっすぐ進んで壁の向こうの実験ハッチへ。電子は進路を下へ曲げられて捨てられます。

ところで、SPring-8の蓄積リングのなかを流れている電子は、電流の量にしてたかだか0.1A程度だそうです。2005年に聞いた話ですから、今もそうなのかはわかりません。

終わりに・・・

今回、私たちは見学ツアーに2件参加しました。

とても人気のある見学ツアーですが、施設公開は前にも参加したことがあって、ここが何をするどういう施設かだいたいわかったよ、という人にこそお勧めです。

逆に、初めて施設公開に参加される人、とくに「そもそもSPring-8って何?」というような人にはおすすめしません。初めての人は、まず実験ホールに行き、自分たちのペースで、どのような事が行われているのかをゆっくり理解して行かれることをおすすめします。

私達も今回は初めての人の方が多かったので、そうしたほうが良かったかも知れませんが、みんな楽しかったみたいなのでよしとしましょう。


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