from ChangeLog で Web 日記。
坂本 例えば、これは僕の言葉じゃないんですけれども、僕の非常に親しい小説家の言葉なんですけれども、僕ら日本人も150年ちょっと前、200年ぐらい前は川中島の戦いとかがありまして、川を挟んで藩は藩が戦争したり、大名と大名が戦争したりとかやっていたんですね。川中島はもうちょっと前かもしれないけれども。次に、明治維新があって、まだ国と国が対立して、今でもそうですけれども、21世紀になっても。でも、確実に今長野県と何とか県で戦おうと思う人はいない。今そんなことを言えば、みんな大笑いするだろうと。たった200年ぐらいで意識ってこんなに変わるわけですよね。それを変えてくるのは、もちろん貿易だったり経済との関係だったり、科学技術だったり、文化だったり、いろいろなことで僕たちの意識は変わっていくわけで、僕も全く絶望はしていないわけです。多分あと1世紀ぐらい後の我々の未来世代が今を振り返って、21世紀の初頭には国と国がまだ対立していたとか、戦争していたと大笑いするような未来になってほしいと思います。
川中島の戦いは今より400年以上も昔。150年とか200年とかそんな最近の話ではないです。「藩」という表現もその当時あったのかどうか定かではないけど、文脈から見て、とても平和な時代であった徳川幕府時代*1を戦乱の時代と思いこまれている様子ですね。それはとても残念。むしろ徳川政権時代から見て未来の明治政府の時代になって、ああいう戦争を引き起こした事を考えれば、未来は必ず平和な時代が来る、と単純に信じることが、私はできません。
小説家の言葉とのことですね、困ったな。
そして、この速記録でも微妙にかわされている感じが。。。
でも、人の意識は確実に進歩している、というのは支持できます。努力はできるし、すべきですよね。
*1 と言っても、徳川幕府は要するに「軍事政権」だったわけですが。
だそうですが、クリスチャンの人はこんな ふうに思ってらっしゃるので、心しましょうね。教会に行けとはいわんから、せめて今日ぐらい、遊び歩いてないで家族と温かい夜を過ごしてみるのはいかがでしょう。
日本じゃキリスト教の教会というのは結婚式場だと思っている人が多いみたいですが、クリスチャンでない人が教会で式を挙げても真の祝福は与えてもらえないとか。クリスチャンとそうでない人では式の内容が違うと聞きました。宗派によるのかも知れませんが。
「それでもいい」って人多いんだろうなぁ。
NORADによる恒例のサンタ追跡プログラム。いつスタートかな。
アメリカ合衆国内にある、サンタクロースという名の街の衛星写真です。この2つ以外にもあるそうな。
こういう液体ものは大変ですね。ストローで飲む、いや食べるそうです。
宇宙食って結構バリエーション豊富で、「え?こんなものも?」と思うようなものもあったりします。宇宙飛行士の訓練中にも、宇宙食の試食などもあって、いろいろ飛行士の要望も聞くのでしょう。一番楽しい訓練とか。
ずっと前、ある有名な登山家がテレビに出て、極限の環境ではなかなか食欲がわきにくいので、自分の好物を持っていくのだと言われてました。災害時の食料も、できるだけおいしく食べやすいものにすべきで、乾パンなどいかにも非常食というような食べ物は良くないというような話もあります。そういや、病気の時って、食べられる限りは病人の好きなものやちょっと贅沢なものを食べさせたりしますね。宇宙での生活も同じなんだな、と思います。
アイデアはいいと思いますが、サッカーチケット発売程度であっさりパンクするような回線環境で、災害時に役に立つのでしょうか。それともauのパケット通信なら大丈夫なの?
同意します>極限の環境の食事は好物。<br>もひとつあって、食事制限が掛かった後は(飢えとは限らず)、嫌いだった食べ物(私の場合、酢味噌とか)が美味しく感じる というのもあります。そういう実験?も、なんぞの機会に提案したらいいのかな。