編集後記


2002年01月18日(金) [長年日記]

17日は震災から7周年でした。

もう7年もたったのですねぇ。直接被災はしていないけど、当時神戸市内に勤めていた者としては、何も書かないというわけにもいかないので。

ことある事にしょっちゅう書いているのですけど、当日の朝、目を覚まして「そろそろ布団から出ようか」と思ったとたんに大きな揺れ。収まってから飛び出してテレビをつけたら、最初は神戸の震度が出ず、中心はもっと東の方だと思った。

そこへ神戸が震度6と。驚いたものの、何も情報がないままとりあえず職場に向かうために家を出たのです。そしたら何のことはない、鉄道は完全に停まっていて、町から一歩も出られない。たまたま同じ職場の同僚でもある親友と出会ったので、彼の家で様子を見ることに。この時点では、震度6と聞きつつも、まだそれほどの大災害とは想像もつきませんでした。2,3日は仕事にならんな、程度しか。実際は、それから2週間も自宅待機が続いたのですが。。。

そして親友の家でTVで様子を見守っていました。マスコミはてんでにへりを飛ばして現地へ接近を試みています。肝心の地元サンテレビは、なにやら全然関係のない番組をやっています(後でわかったのですが、同局は放送できる状況ではなかったのでした)。ニュースキャスターが、原稿に目を通して一瞬言いよどみました。「こ、これは。。。ちょっと信じられないことですが。。。阪神高速が倒壊しているそうです」。このシーンは今でもよく覚えています。とんでもないことが起こったんだと、私が最初に実感したのは、この時でした。

そして震災から3日目だか4日目だか、はじめて現地入り。板宿から三宮まで歩きました。瓦礫だらけの町、あちこちでひっきりなしにサイレンが鳴る中、私たちと同じように、たくさんの人が黙々と歩いていました。


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