【転載】国立天文台・天文ニュース(468)
これまでの考え方に反し、月は地球がほとんど完成した後に生まれたという可能性が強まりました。
地球の衛星として月が存在することは皆さんご存じのことでしょう。この月がどうして生まれたかを説明する有力な理論として、ここ10年ほど「ジャイアント・インパクト(大衝突)説」(天文ニュース132,235参照)が唱えられています。そのごく大略を述べると、「まず原始地球に別の原始惑星が衝突して多数の破片を生み出す。つぎにその破片が地球を周回する軌道に乗って円盤を作る。最後にその円盤の物質が集積して月を作る。」というものです。この理論を支えているのは数値計算による月形成のシミュレーションです。この計算は主として、現在アリゾナ大学、月惑星研究所にいるキャメロン(Cameron,A.G.W.)たちによっておこなわれ、その結果は最近の月形成理論に大きな影響を与えてきました。
現在の月は、質量にして3パーセント程度の鉄を主体とした核をもっています。
したがって、このシミュレーションでは、現在の月−地球系の質量や角運動量を説明できること、また月を作るのに必要な割合の鉄を含む物質をうまく地球を回る軌道に乗せることが主要な条件になります。たくさんのモデル計算によってキャメロンたちが得たものは、原始地球が現在の3分の2くらいの質量にまで成長したときに衝突が起こって月を生み出したという結果でした。ただし、この考え方では、地球はその後さらに質量を集め、角運動量を変えることなくさらに成長しなければならないという問題点がありました。
しかし、キャメロンたちのシミュレーションは、せいぜい3000個程度の破片を扱っているに過ぎませんでした。これは精密な結果を得るのに十分な数ではありません。ボールダー、サウスウエスト研究所のキャヌプ(Canup,R.M.)たちは、扱う破片の数を2万個以上に増やし、衝撃波の生成などの衝突現象をより高い精度にして、このシミュレーションをやり直しました。さまざまな条件での計算の結果、彼女たちは、完全に成長した地球に対して火星程度の質量の天体が衝突することでも、条件を満たす月ができるという結論に到達しました。一例では、3万個の破片を扱い、最終的な地球の質量が現在の0.99倍、月の質量が現在の0.97倍になり、その2パーセントが鉄です。角運動量は現在の月−地球系の1.12倍になっています。妥当な結果といえましょう。つまり、月は地球形成の終わり頃に形成されたと考えてよく、これまでの理論の問題点がひとつ取り除かれたことになり ます。
2001年8月30日 国立天文台・広報普及室