【転載】国立天文台・天文ニュース(235)

ジャイアント・インパクトは普通の事件


地球の衛星の月がどうしてできたかを説明するもっとも有力な考え方は「ジャイアント・インパクト(大衝突)説」といわれる理論で、現在ツーソンの惑星科学研究所(ThePlanetary Science Institute)にいるデービス(Davis,Don)とハートマン(Hartmann,William)が1975年に提唱したものです。この説は、原始地球に火星程度の大きさの原始惑星が衝突して地球のマントル部分から多数の破片をはじき出し、その後それらの破片が合体して月になったというシナリオを描いています(天文ニュース132参照)。それまでに提案されていたいくつかの月形成理論にはそれぞれ大きな問題点があったため、このジャイアント・インパクト説は1980年代の中頃には月形成の主導的理論となり、その線に沿ってさまざまな研究がおこなわれてきました。

ここで問題なのは、どうしてその衝突が起こったかです。たまたま偶然でその衝突が起こったと考えることもできますが、めったに起こらない事件の結果月が生まれたというのでは、理論としての説得性が十分ではありません。

昨年末にモンテレーで開催された「地球・月の起源に関する研究会(The Origin of the Earth and Moon Conference)」で、コロラド州ボールダー、サウスウエスト研究所(The Southwest Research Institute)のキャヌプ(Canup,Robin)らは、この程度の衝突が起こるのはごく当然だという研究結果を発表しました。彼女らは太陽系誕生後1000万年経過し、ガスや塵が合体して20個余りの原始惑星に成長した段階から始めて、それらの原始惑星がどのような経過をたどるかを計算機シミュレーションで追跡したのです。その結果、およそ1億年も経つと、ほとんどいつの場合でも、十分に成長した4,5個の惑星が安定した軌道をたどるようになり、そのうちの1個か2個は、その間にたいてい月を形成する程度の大衝突を経験しているというのです。これは、ジャイアント・インパクトがめったに起こらないことではなく、惑星にとって、ごく普通に起こる事件であることを示したといえます。別の言い方をすれば、あちこちの惑星系で地球のような惑星をたくさん考えたとき、数個に1個の割合で月があってもおかしくないということです。

キャヌプらのシミュレーションは、これまでジャイアント・インパクト説では十分に説明がつかなかった角運動量の矛盾点(現在観測される角運動量はが小さすぎる)を解決できるかもしれないし、また現在の地球の自転速度と自転軸の傾きが生じた過程を初めて追跡することにも成功したということです。しかし、この方法にはまだ取り扱いに荒削りの点が多く、改良の余地があるともいわれています。将来、よりすぐれたシミュレーションによって、さらに多くの事実が説明されるかもしれません。

 余談をひとつ。噂によりますと、キャヌプは、この種の研究のかたわら、バレー団でプリマ・バレリーナを演じるという、科学にも芸術にも優れた、信じられないような才能をもつ女性ということです。

参照

1999年1月28日         国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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