この街の空にも星は瞬く


2015年11月15日(日) [長年日記]

「世界を変えた書物」 展

グランフロント大阪北館で開催されています。

金沢工業大学が所蔵する”工学の曙文庫”から選りすぐりの稀覯書を展示公開。無料。しかもフラッシュ炊かなければ写真撮影可(^^)

これがなかなかすごいのです。たとえば

  • ニコラス・コペルニクス「天体の回転について」初版
  • ヨハネス・ケプラー「新天文学」初版
  • ガリレオ・ガリレイ「星界の報告」初版
  • レギモンタヌス「アルマゲスト」初版
  • アイザック・ニュートン「プリンキピア」初版
  • チャールズ・ダーウィン「種の起源」初版

などなど・・・

平たく言えば、私たちが子どものとき、図鑑や科学の本で、昔の偉人たちが様々な研究や発見をした話を読んだと思いますが、その成果を発表した最初の書籍がいっぱい展示されているのです。

他にも、エジソンの発電機の特許説明書とか、キュリー夫人の学位論文とか、湯川秀樹博士が中間子の存在を予言した論文、アインシュタインの一般・特殊相対性理論を提唱した書籍などなど。

他に大阪展特別出展として12冊、たとえば

セバスチャン・ル・ブレストル・ド・ヴォーバン「要塞都市の攻撃と防御」初版
17世紀の本ですが、飛行機が軍事的に実用化されるまでの要塞戦における必読書で、司馬遼太郎曰く旅順要塞攻撃の参考書はこれしかなかった、と。

アメリカ合衆国航空宇宙局(NASA)「アポロ11号任務記録(月着陸交信記録)、月面への第一歩」
アポロ11号月着陸船と地球との交信記録。あの「That's one small step for man...」の言葉が記録されています。

もうなんだかうはうはして見ていました。なにせ本物しかも初版。日本にこんなにあるんですね。


ガリレオ・ガリレイ「星界の報告」1610年


アイザック・ニュートン「自然哲学の数学的原理(プリンキピア)」1687年


ニコラス・コペルニクス「天球の回転について」1543年


ヨハネス・ケプラー「新天文学」1609年、「世界の調和」1619年
この2冊はケプラーの第1~第3法則を発表した本です。


アメリカ合衆国航空宇宙局(NASA)「アポロ11号任務記録(月着陸交信記録)、月面への第一歩」


こんなものも。広島原爆投下時の被災地図


2015年11月03日(火) [長年日記]

高松塚古墳壁画公開

FBでもTwitterでも見学に行かれた人のレポートが上がってきていますが、私も11月3日に見てまいりました。

今回の目玉は天井星宿図が初公開されることです。でも、私は壁画の実物を見ること自体はじめて。見学は20人ずつくらい単位で順番に。私は15時10分集合の22班。修理作業室に置かれた壁画を見学室の窓から覗き込むので距離があります。オペラグラスを借りて見学しました。

星宿図は、天の北極近くの星のまわりを二十八宿が取り巻いたもの。キトラ古墳の天文図のような、実際の星の配置を反映したものとは異なります。石板が全体に赤茶け、ところどころはがれてぼこぼこになっていましたが、それでもかなりな星が残っているようでした。

ただ、金箔で表現された星は、正面から向き合っても全く見えませんが、照明の反射をうまく利用すると肉眼で配置がわかります。逆にいただいた資料と突き合わせて、 畢宿(ヒアデス星団)と觜宿は確認。さらに手前の房宿(さそり座の頭)も。房宿の左手は、位置的におそらく心宿、尾宿で、さそり座コンプリートと言いたいところですが、星のつながりに自信なし。

畢宿が見えたならその横は昴宿(すばる)、さらに畢宿の向こうに参宿(オリオン座)があるはずですが、参宿はオペラグラス越しに目を凝らしてもなぜかわからず。昴宿もなぜかわからず。参宿昴宿ともに「見えた」という人もいるようなのですが。

高松塚古墳壁画の代表的な存在である西壁の女子群像は、かなり修復が進んだようで、思ったよりも綺麗な状態でした。

高松塚古墳壁画の修復は10年の計画で、完了はもう数年かかります。修復が終わっても、当面は古墳に戻さず、古墳に近い別の場所で、保存公開の方針とのことです。

ガラス越し、離れた位置ではありましたが、やはり本物を見るにまさるものはありません。

古代米御膳

高松塚古墳壁画見学の前にはレンタサイクルで飛鳥一帯をぐるぐると。

到着して最初に向かったのが石舞台古墳。

実は石舞台古墳が目的ではなく、その脇のお店で古代米御膳をいただくのが目的(^^)。山陽電車の日帰り切符を使ったのですが、切符についていたパンフに載っていたのでした。

ところで、古墳の裏側に回ると、お供えがしてありました。ある意味飛鳥で一番観光地っぽい石舞台古墳ですが、お墓であることを忘れてはいけません。そのことを改めて気づかされました。

水落遺跡

飛鳥に来ると必ず訪れる遺跡。明石のまわしものとしては、飛鳥に来てここに詣でないというのはありえません。

飛鳥板蓋宮

と伝えられている遺跡。蘇我入鹿が暗殺された乙巳の変の舞台。

ここから西に、蘇我氏の屋敷があった甘樫丘、北には入鹿暗殺の後で中大兄皇子らが陣をはった飛鳥寺(法興寺)が見えます。

前にも書いたけど、ほとんど一つの村の中のような地理範囲で日本の歴史が動いたのでした。

飛鳥寺

法興寺、元興寺とも。元興寺は、いま奈良町にある方のお寺をこの名前で呼びますね。

日本最初の本格的寺院(焼失。現在の建物は後世の再建)で、本尊の飛鳥大仏(釈迦如来坐像)も日本最古の仏像。609年に作られ、以来この場にずっとおられます。

キトラ古墳

高松塚古墳壁画の帰りにはキトラ古墳まで回ってきました。一帯は公園整備の工事の最中。墳丘もきれいに整えられています。

墳丘の手前には石室壁画をかたどった「乾拓板」なるものがいくつか。薄い紙をあてがって鉛筆でこすると壁画が写し取れるという…今度行ったら紙をもっていこう。

MICHIMO

飛鳥を巡るのにレンタサイクルも盛んに利用されています。私も今回自転車で回りました。勧めと言えばお勧めなのですが、さすがにお尻が痛い(^^;

自転車でえっちらおっちら走っていると、ちっちゃな四輪の電気自動車が走っていきました。飛鳥地域でレンタルしているそうです。

次また来るなら、これを借りたいかも。


2015年10月18日(日) [長年日記]

「みらいへ」船上から撮影

10月17日、18日と、帆船「みらいへ」での、KAGAYAさんとの神戸-友ヶ島近海への航海に参加してきました。夜は洲本沖で一晩天体観望。

航海の詳細はのちほど*1。天体観望の様子の概要のみ。

澄み切った晴天に恵まれました。さすがに大阪湾内は明るく「最高の星空」ではありませんが、天頂付近では天の川もうっすらと。

一夜で曜日の星*2を肉眼で確認。カノープスも肉眼で今シーズン初見を果たしました。天文科学館のIさん持参の双眼鏡で天王星、海王星も確認し、太陽系惑星を一夜で全部見ることができました。

写真も撮影。船上なので、案の定、揺れます。できるだけ露出時間を短くして揺れの影響を抑えて何とか撮影、1,2秒でシャッターを切るためにISO感度を思いっきり上げているので、画質は荒いです。

天頂、天の川付近。雲が出ていましたが夏の大三角はかろうじて。

明け方の惑星集合。上から金星、木星。木星の隣にやや暗く火星

朝焼けに浮かぶ友ヶ島

*1 投稿時は帰宅直後なので眠いのです

*2 月、火星、水星、木星、金星、土星


2015年10月12日(月) [長年日記]

網引駅

北条鉄道網引駅。駅舎は1984年に焼失しましたが、2013年に再建。駅舎内はボランティア駅長による「切り絵教室」が開催されるなど地域住民の交流の場として活用されています(北条鉄道WEBサイトWikipediaによる)。駅のある葛加西市網引町のWEBサイトでも駅の写真がトップに使われているなど親しまれているようです。

北条鉄道の駅は北条町駅を除いてすべて無人駅です。目印の大きなイチョウが目を引きます。周囲は、駅の南に集落があるほかは田んぼが広がっています。

駅のすぐ西は、戦争末期の1945年3月31日に列車れ転覆事故があった現場でした。当時3キロメートル北にあった鶉野飛行場から試験飛行のために飛び立った紫電改がエンジントラブルで北条鉄道の線路そばに墜落、その際にレールをひっかけてずらしてしまい、直後に通りかかった列車が脱線転覆、乗客の死亡11名、重軽傷者104名の大惨事となったものです(紫電改の搭乗員も死亡)。

事故を記録するの立て看板には犠牲者の名前が記されていますが、二歳の子もいて・・・海軍兵も乗車していて3名が亡くなっているのですが「氏名不詳」というあたり、これも当時の事情を表しているように思われます。

思わぬところで戦中の暗い歴史に出くわしましたが、現在の駅はのんびりした雰囲気が漂っています。見学と思われる人もちらほら。


2015年09月27日(日) [長年日記]

中秋の名月

久しぶりに望遠鏡を撮影仕様にしました。

日ごろ撮り慣れてないといろいろと難しいです。

FL-80S(80mm f/8)+ポルタII
Canon EOS Kiss X4
1/500秒
ISO 100
トリミング


プロフィール

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