2018年10月5日、たくさんのプロ・アマチュア天文家が待ち望んでいたWZ Sge型矮新星かに座EG星(以後EG Cnc)のおよそ22年ぶりとなるアウトバースト(突発的な増光現象)が、ドイツのアマチュア天文家であるSchmeerさんによって発見されました。EG Cncは、日本人天文学者の古畑正秋さんによって初めて激変星である可能性が示唆され、その後たくさんの日本人観測家や理論家によって研究が進められた、日本にゆかりのある天体です。この天体の位置は
赤経 08時 43分 03.99秒 赤緯 +27度 51分 49.7秒 (2000.0年分点)
です。
古畑さんは1977年に起こった大きな振幅を持つアウトバーストを捉えていらっしゃいましたが、その時は写真乾板のみで詳細な観測データはありませんでした。しかしその後、1996年から1997年にかけて起こったアウトバーストがCCDを用いて観測され、この天体はWZ Sge型矮新星であると同定されました。矮新星は、白色矮星(主星)と普通の恒星(伴星)から成る近接連星系です。主星の周りには降着円盤と呼ばれるガス円盤が形成されており、アウトバーストは、この降着円盤が不定期に突然明るくなる現象です。WZ Sge型矮新星は矮新星の中でも大きな振幅を持つアウトバーストのみを低頻度で起こす天体として知られ、アウトバースト中、スーパーハンプと呼ばれる微小な光度変動が見受けられます。
1996〜1997年の観測により、EG Cncはメインのアウトバースト直後に再増光を何度も起こす天体であることが明らかになりました。およそ一週間おきに、メインのアウトバーストと同程度の振幅を持つ再増光が6回も観測されたのです。再増光はWZ Sge型矮新星に共通の特徴の一つですが、このように大きな振幅を持つ短期間の再増光を立て続けに起こす天体は珍しく、EG Cncはその中でも最長クラスの再増光を示す天体です。しかし、この再増光の仕組みはまだよくわかっていません。
矮新星のアウトバーストは、降着円盤に溜まった物質が一定量を超えると一気に主星の白色矮星に降り積もるという円盤不安定モデルで説明されます。この理論は様々なタイプのアウトバーストを統一的に説明できますが、まだベーシックな円盤不安定理論では理解できない現象も多く残っており、WZ Sge型矮新星の再増光もそのような現象の一つなのです。さらに、再増光はWZ Sge型矮新星だけではなく、いくつかのブラックホールX線新星(矮新星の主星がブラックホールに置き換わった天体で、同じく円盤不安定によってアウトバーストを起こす)でも観測されているため、再増光には降着円盤を持つ天体に普遍的に作用する物理現象が関わっていると考えることができます。したがって、このような現象のメカニズムを解明することは天文学的に重要で、観測から降着円盤の振る舞いの変化を探ることが求められています。例えば、再増光中、そしてその前後の時期のスーパーハンプの観測から、円盤の大きさの時間変化を知ることができるかもしれません。
VSNETやVSOLJを通した今回のアウトバーストの可視光観測はすでに始まっており、 前回のアウトバーストの時よりも質の良いデータを得ることができています。この天体はあと一週間もすればメインのアウトバーストを終え、再増光に突入すると予想されます。この天体の多色連続測光観測を続けることは、宇宙における様々な爆発現象の引き金となる降着円盤をより深く理解することにつながると期待されています。振幅の大きな現象は見ているだけでも楽しいものですが、その中に私たちがまだ知らないことが隠れているかもしれないと思うと、さらに夢が広がります。EG Cncは、そのようなワクワクする貴重な研究の機会を私たちに与えてくれることでしょう。
2018年10月14日
参考文献
- vsnet-alert 22595
- Huruhata (1983), IBVS, 2401
- Matsumoto et al. (1998), PASJ, 50, 405-409
- Patterson et al. (1998), PASP, 110, 1290-1303
- Osaki et al. (1997), PASJ, 49, L19-L23
- Kato et al. (2004), PASP, 56, S109-S123
- Kuulkers et al. (1996), 462, L87-L90
- Kato (2015), PASJ, 67, 108
- Osaki (1996), PASP, 108, 39-60