夜空に輝く星々のうちの半分以上は二つ以上の星がまわりあっている連星だといわれています。一口に連星といってもさまざまですが、その中にはほとんど星と星がくっつき合うような近距離で回りあっているものもあります。このように近距離を回りあっている連星の場合、片方の星からもう一方の星へと物質が流れ込んで質量の移動が起きていることも珍しくありません。
白色矮星と低温星からなっていて、低温星から白色矮星へと物質が流れ込んでいるような連星のことを激変星と呼んでいます。この名前は、このようなタイプの星に「激変」ととれるような大規模な変光を示す変光星が多く含まれるからです。このような天体では、多くの場合白色矮星の側に流れ込んだ物質は直接白色矮星表面に落ちるのではなく、回りに円盤を形成し、それを介して白色矮星に落ちます。このような円盤のことを降着円盤と呼んでいます。二つの星の間の間隔は非常に短く、太陽半径程度しか離れていません。軌道周期も短く、数時間程度です。
激変星の中で、数等級のアウトバーストを数日から数万日間隔で繰り返す天体のことを矮新星とよんでいます。アウトバーストがまれな系についてはアウトバーストそれ自体がニュースになることも多く、しばしばこの欄でも取り上げられていることをご存知の方も多いことでしょう。これらの天体の増光メカニズムについては、降着円盤に降り積もった物質がある程度蓄積されると突然内側へと落ち込む量が増えてエネルギーが解放され、明るくなり、内側に落ち込むことにより物質の量が減少するとまた突然内側に落ち込む量が減少して暗くなる、というサイクルを繰り返すことが原因だといわれています。この現象は熱的不安定性とよばれ、しばしばその様子を「ししおどし」に例えられます。あるいは、数学の世界の「カタストロフィー理論」を思い浮かべる方もおられるかもしれません。
軌道周期が2時間程度より短い矮新星では、通常のアウトバーストの他に「スーパーアウトバースト」と呼ばれる、通常より明るく長いアウトバーストが見られることが知られており、「おおぐま座SU型矮新星」というサブグループの名前で呼ばれています。
このスーパーアウトバーストの際には、(ポジティブ)スーパーハンプと呼ばれる周期的明るさの変動が見られることが知られています。この変動は公転周期より数%長い変動で、静穏時の激変星でしばしばみられる軌道周期に一致する変動、「オービタルハンプ」と区別するために「スーパーハンプ」(のちには、後で登場する「ネガティブスーパーハンプ」と区別するために「ポジティブスーパーハンプ」とも)と名づけられました。そして、スーパーアウトバーストの際にはスーパーハンプがつねに付随することが知られています。これはこの二つの現象に密接な関係があることを示唆しています。
この、スーパーアウトバーストがどうして起こるのかについて、代表的なものは日本の東京大学(当時)尾崎洋二氏による熱潮汐不安定性によるものがあります。これは、アウトバーストを繰り返すにつれて物質が円盤にたまっていき、円盤の外縁が3:1共鳴半径(ケプラー運動する粒子の公転周期が、連星の軌道周期と3:1の関係を持つ半径)に達すると、円盤の外縁部が伴星の潮汐力の影響を受け、真円から外れて離心楕円に変形した形になります。結果、円盤の外縁付近での粒子同士の摩擦が激しくなり、物質の落ち込みが通常のアウトバーストに比べて効率よく起き、スーパーアウトバーストになる、というものです。スーパーハンプはこの離心楕円に変形した円盤の近星点がゆっくりと公転と同方向に前進するために起こる現象で、離心楕円円盤と伴星の相対位置関係によって上に述べた摩擦の大きさが、会合周期であるスーパーハンプ周期で変化するために光度が変動するものである、と解釈されます。時計の短針と長針の会合が1時間より少し長くなるのと同様に、円盤の近星点と伴星の方向が同じほうを向く周期は軌道周期より数%長くなります。これが公転周期より少し長い変動が見られるからくりになっているというわけです。
これが唯一の唱えられた説というわけではなく、その他にも質量輸送率が上昇するために通常より明るいスーパーアウトバーストが実現するとする説、熱的不安定性のみでノーマルアウトバーストとスーパーアウトバーストの両方を説明できるとする説、などが提案されてきており、まだ完全には決着がついていませんでした。
これらの説では、それぞれアウトバーストのサイクルを通じての円盤の半径の変化やスーパーハンプの現れかたについての差があることがわかっていますので、これらの現象について観測的な結果が得られることが問題を解くカギになります。しかし、スーパーアウトバーストの時間発展はだいたい日のオーダーであることから観測地点や観測頻度をうまくとらないと観測の空白が開いてしまい、なかなか決定的な証拠が見つかっていませんでした。
2009年のケプラー衛星の打ち上げがこのような状態を大きく変えることになりました。この衛星はもともとは系外惑星探査のために打ち上げられた衛星で、空の一定の領域にある天体の光度変化を網羅的かつ継続的にモニタリングする、という目的のために打ち上げられた衛星でしたが、むろん系外惑星候補天体だけでなく観測領域には既知の変光星を含む他の天体も数多く含まれてたのです。この衛星のデータを使い「スーパーフレア」を検出したというニュースは耳に新しいかもしれません。
このケプラー衛星が観測した範囲には二つのおおぐま座SU型矮新星、こと座V344とはくちょう座V1504も含まれていました。そして、このケプラー衛星によって分間隔で得られたデータを解析してみたところ、はくちょう座V1504は観測期間の間の数百日に渡って「ネガティブスーパーハンプ」と呼ばれる現象が確認されることがわかりました。
このネガティブスーパーハンプは、円盤が連星の公転面からわずかに傾いて形成されることによって円盤が軌道方向とは逆向きにゆっくりと回転をすることによって引き起こされる変動で、軌道周期より数%短い周期を持つことがわかっています。幾何的にはちょうど通常のスーパーハンプとは反対の現象というわけです。なお、先ほどスーパーハンプをポジティブスーパーハンプと呼ぶことがあると述べたのはこのことによります。ポジティブ・ネガティブという名前は公転周期に対する周期の増加割合が正のものか負のものか、という点に由来します。これは、円盤の進行方向が「前向き」か「後ろ向きか」にも一致しています。
このネガティブスーパーハンプは現象としては80年代おわりごろから報告されてきましたが、多くは連続した光度曲線として検出できたものではなく周期解析をしてようやくシグナルの形で捉えられる、という程度のもので、本格的な大きな振幅を持つ変動が受かるのは2011年におおぐま座ERでの変動の発見をまたねばなりませんでした。そして、はくちょう座V1504でも目で見ても分かる程度のはっきりとしたネガティブスーパーハンプが見られたのです。
はくちょう座V1504でのネガティブスーパーハンプは、現れている期間中はスーパーアウトバースト中の一部をのぞきほぼ全位相にわたって存在していました。これが、円盤状での現象を突き止めるための重大な手がかりとなったのです。というのも、ネガティブスーパーハンプの周期は、円盤の半径の変化に依存することが理論的に予測されているためです。この理論的な関係に基づいて、ネガティブスーパーハンプの周期変化を元にして半径変化を追うことが可能になるわけです。
周期変化を追うためにはなるべく観測間隔が短く、かつ連続した観測が必要ですが、ケプラーのデータはほぼとぎれなく観測されていますからそういう意味では実に好都合なデータです。こうしてケプラー衛星で得られたはくちょう座V1504のデータを元に円盤半径の変化を追ってみたところ、その結果はみごとなまでにかつて熱潮汐不安定性による円盤半径の変化として予言されていたものに一致しました。この成果は尾崎氏と京都大学の加藤太一氏によってまとめられ、日本天文学会欧文報告の第65巻3号に掲載されました。この論文は、しばらくの間オンラインで公開されていますので、以下のURLから誰でも閲覧可能です。
http://pasj.asj.or.jp/v65/n3/650050/650050.pdf
また、尾崎洋二氏によって提唱された潮汐不安定性に関する理論に関する論文は以下のURLから同じく閲覧可能ですので、この記事で興味を持った方がおられましたら是非目を通すことをおすすめします。
http://ads.nao.ac.jp/abs/1989PASJ...41.1005O
自然科学には、理論的な予想や枠組みと観測・実験的な検証の両方が不可欠です。また、その進歩のためにはお互いに成果をフィードバックさせるというサイクルが欠かせません。このたびの発見は、激変星において長らく提唱されてきた理論的な仮説について、観測の進歩によって得られた結果がその正しさを裏付けるという、まさに自然科学における見本のような成果が得られたといってよいでしょう。
2013年8月16日