ぎょしゃ座のカペラといえば、太陽とよく似た色の1等星として有名です。このカペラのすぐそばにある3等星、ぎょしゃ座ε星は、現在知られている中でもっとも長い軌道周期を持つ食変光星として知られています。
食変光星とは、2つ以上の星がまわり合っている連星を軌道をほぼ真横から見ているために一公転ごとにおたがいに隠しあうことで明るさを変わって見える変光星です。星同士の距離が遠くなるほど、隠し合っているように見えるためにはより真横に近い傾きが必要とされることもあって、軌道周期の長い食連星、とりわけ1年以上のものはごくわずかしか知られていません。
このぎょしゃ座ε星は、主星がF型の超巨星なのですが、伴星がかなり特異な天体で、B型主系列星の回りをガスが取り囲んだ天体であると考えられています。軌道周期は27.1年にも及びますので、前回の食ではまだ生まれていなかった人も多いのではないかと思います。このように長い周期を持っているため、1821年に初めて暗くなっていることが記録されてから200年近くが経つにもかかわらず、まだ7回しか食が巡っていません。その中でも観測がしっかりとなされているのはさらに一部でしかなく、そのためこの天体に関する研究もあまり進んでおらず数十年前までは主星がどのようなにいる天体かすら明らかでありませんでした。前回の食のころから研究が進み、現在では主星はpost AGB星と呼ばれる天体で、中程度の質量を持つ星がその一生を終えて赤色巨星になったのちに、外層を放出しつつ白色矮星に向けて進化しつつある姿であろうと言われています。このような進化段階にある天体は外層を間欠的に吹き飛ばしてしまうので、その放出されたガスが伴星に捕まって、まわりを取り囲んでいるのが現在のような姿になった理由ではないかと言われています。
このぎょしゃ座ε星の食が2009年8月から開始しており、多くの観測者によってその食の様子が観測されています。この星の食は通常の明るさから減光していく減光期、ほぼ一定の光度を保つ極小期、及び元の明るさへと戻る復光期の大きく3つの時期に分かれます。2011年3月に減光を終えて極小光度に留まっていたこの天体は、今年の冬には極小期を終えて再び通常光度に向けて増光を始めました。
しかし、その復光は減光の際のスピードに比べてはるかに速くなっているという点で注目されます。減光の際は、約0.8等の減光に200日程度を要しており、特に最後の段階では非常に減光速度が遅くなっているのに対し、今回の復光では突如復光を始め30日で0.4等近く増光しています。これは減光の際に比べ約3倍の速さです。
上にも述べたように、この食連星は普通の食連星と異なり、隠す側の星が大きなガス円盤で包まれていると考えられいます。おそらくこのような光度変化もこの隠す天体でのガス円盤の密度が一様でない状態にあることを反映しているのだろうと思われます。
ぎょしゃ座ε星は軌道周期が非常に長いこともあり、この天体の観測の歴史は観測天文学の発展を反映している天体といえるかもしれない、とも言われています。今回の食では、干渉計を用いた観測により、減光の際にガス円盤が星を食してゆく状態が捉えられました。これまではモデルとして考えられていた要素の強かったガス円盤が実際に捉えられたのです。伴星のモデルには円盤状のガスというモデルと球状のガスというモデルが長らく提唱されてきており、光度曲線から前者が正しいのではないかと考えられていましたが、これが本格的に裏付けられた形です。また測光観測の面でも、前回の食ではまだ普及していなかったCCDによって、多くのアマチュアの手によって高精度の観測がなされています。
現在、この星は通常光度より0.4等程度暗い状態です。これまで変光星を観測したことのなかった方も、27年に1度しか起こらない食によって暗くなった様子を、今のうちにぜひご覧になってみてはいかがでしょうか。
参考文献
- Nature 464, 870 (2010)
- Astrophysical Journal 714,549 (2010)
- Publ. Astron. Soc. Japan 62, 1381 (2010)
- 岡崎彰「奇妙な42の星たち」(誠文堂新光社,1994)
2011年4月11日