【転載】国立天文台・天文ニュース(361)
新しく発見された水星地形の発表に関して、アメリカで、プロの研究者とアマチュアの間にちょっとした争いがありました。ここでお知らせするのは、そのてんまつ記です。
アストロノミカル・ジャーナル誌の2000年5月号に、水星の高分解画像に関して二つの論文が掲載されています。ひとつはボストン科学博物館のダントビッツ(Dantowitz,R.)たちによるもの、もうひとつはボストン大学のバウムガードナー(Baumgardner,J.)たちによるものです。これはどちらも同じ観測データの解析結果です。
背景には水星の地図作りの問題があります。水星は見かけの位置が太陽に近いため、地上望遠鏡による観測は厚い大気を通しておこなうことになり、よい像が得られません。また、太陽の散乱光が装置を損傷するおそれがあるので、ハッブル宇宙望遠鏡を向けることができません。これまで地図ができているのは、探査機マリナー10号が1974年、1975年に接近したときの写真から作った半分だけで、残りの半分はわかっていませんでした。
ダントビッツは選択像再構築(Selective Image Reconstruction)と呼ばれる技法を発展させて、地球大気による像のボケの大部分を取り去る実用的な方法を作り出しました。これを簡単にいうと、60分の1秒ごとに高速ビデオカメラでたくさんの像を撮影し、像のシャープな部分だけから合成像を作る方法です。
ダントビッツたちは、データをほしがっていたボストン大学のバウムガードナーらに共同観測を申し込み、1998年に、ウイルソン山天文台でこの技法を使って水星観測を行いました。彼らは観測データのコピーをボストン大学の記録機に残し、やるだけのことはやったと引き上げたのです。問題はその解析結果の発表に関して起こりました。
まず、ダントビッツたちが昨年6月に、ボストン大学の人を含まない3人の連名で、アストロノミカル・ジャーナル誌にその解析結果を投稿しました。そこには、これまで知られていなかった暗い平原や大きな輝くクレーターなどが記載されていました。このままですと、これらの地形の第一確認者がダントビッツたちだけになってしまいます。ダントビッツとの連名で解析結果を発表しようと考えていたボストン大学側はびっくりしました。あわてて「相談もなく一方的に論文を出されては困る」とアストロノミカル・ジャーナル誌に申し入れ、雑誌側は、両者の話し合いがつくまで論文掲載を保留することにしました。
すったもんだの末、結局ボストン大学側は論文からダントビッツの名を削り、それぞれの論文が、この5月、一緒にアストロノミカル・ジャーナルに掲載されました。水星の地形発見に関するこの先陣争いも、なんとか相打ちで決着をつけた形です。
2000年7月6日 国立天文台・広報普及室