【転載】国立天文台・天文ニュース(329)
月の軌道面は、現在黄道面とは約5度の傾きをもち、地球の赤道面とは、約18.6年の周期で18度から28度の傾きの間を変動しています。太陽系の衛星の大部分が、母惑星の赤道面にほぼ一致する軌道をもっていることと比べると、これはかなり特殊な状態です。また、過去に時間をさかのぼって追跡すると、月が誕生した頃は、地球の赤道面と10度くらいの傾きをもっていたことがわかります。
一方、月の成因として、最近は巨大衝突(ジャイアント・インパクト)説が有力視されています。これは、原始地球に火星程度の天体が衝突してたくさんの破片が生じ、それらの破片が集積して月になったという考え方です。最初に月が生まれる位置は地球のすぐ近くですが、その後しだいに遠ざかり、現在の位置にまで後退したと考えられます。このシナリオにしたがって、たくさんのシミュレーションがおこなわれました。しかし、こうした衝突で形成される月の軌道は、傾きはほとんどが1度内外で、上記の条件とは合いません。月の軌道の傾きを説明できないことが、巨大衝突説のひとつの弱点だといわれてきました。
コロラド州ボールダー、サウスウエスト研究所のワード(Ward, W.R.)らは、この点について研究し、特別のことを考えなくても、月軌道の傾きが説明できると述べています。
巨大衝突によって作られた破片は、まず、地球の周りを回る円盤を形成します。そして、1年程度の期間で集積して原始の月を形成します。ワードらの考えでは、この集積が起こるのは、地球半径の約2.9倍であるロッシュの限界の外側の部分だけで、ロッシュの限界より内側の部分は、地球の潮汐力に妨げられて集積できず、しばらくの間は内部円盤として留まるというのです。そうすると、内部円盤の中には、外側の原始月との間に、公転周期が簡単な整数比をなす部分があり、月との間にいわゆる平均運動共鳴を起こします。こうした共鳴の中で、リンドブラード共鳴と呼ばれるものが月の軌道の傾きを大きくする働きをします。
ワードらのシミュレーションでは、初期条件によって少しずつ結果は異なりますが、地球に落下し、あるいはロッシュの限界の外側に出ることで内部円盤の破片がなくなるまでの間に、この共鳴は、10度から15度くらいまでの月の軌道の傾きを生み出します。したがって、特別の条件を考えることなく、現在の月の軌道の傾きが説明できるのです。
この説明によってひとつの欠点が克服されました。巨大衝突説は、月の誕生を説明する理論として、一層その重みを増すことになりそうです。
参照
2000年2月24日 国立天文台・広報普及室