国立天文台の研究者らよりなる日英豪米の国際共同研究チーム (注1) は、星形成領域として知られるオリオン大星雲 (M42) の中心部で、円偏光 (注2) という特殊な性質を持った赤外線が、太陽系の400倍以上もの広さにわたって観測されることを明らかにしました。同領域の一部で円偏光が観測されることは、これまでにも知られていましたが、これほど広範囲にわたって確認されたのは、今回が初めてです。
この結果は、地球上の生物が持つアミノ酸の鏡像異性体 (注3)に偏りがあるのはなぜか、という長年の問題に解決の糸口を与えることが期待されます。
アミノ酸の鏡像異性体には互いに鏡像関係にある左型と右型が存在します。地球上の生物が持つアミノ酸は概して左型に限られており、こういった偏りがなぜ存在するのかは、生命の起源を解明する上で重要な問題です。
一方、最近の研究で、隕石中のアミノ酸に同様の偏りがあることが相次いで報告されていることから、この偏りは宇宙空間で生じ、それが隕石を介して地球にもたらされたのではないかという仮説が浮上しています。
この仮説が正しければ、宇宙空間にこの偏りを発生させるメカニズムがあるはずで、その一つとして有力なのが、星形成領域における円偏光の照射です。
研究チームは南アフリカ天文台に設置された IRSF望遠鏡 (注4) を用い、オリオン大星雲の大質量星の形成領域を近赤外線で観測し、さらに特殊な観測装置を用いて、円偏光の強さや広がりを調べました。その結果、若い大質量星の周りでは、円偏光の存在が、太陽系の400倍以上の広範囲にわたって広がっていることがわかりました。逆に、同領域の小質量星の周りでは、円偏光は検出されませんでした。
一方、別の研究では、太陽系は大質量星の近くで形成されたらしいとの報告がされています。
これらの結果を総合し、研究チームは、太陽系の形成時に、若い大質量星周辺の円偏光にさらされたことが原因で、太陽系には左型アミノ酸が卓越し、その偏りが隕石などによって地球にもたらされたのではないかと推測しています。
この研究成果は、アストロバイオロジーの論文誌「Origins of Life and Evolution of Biospheres」のオンライン版2010年3月7日号に掲載されました。
注1:福江翼、田村元秀、神鳥亮、日下部展彦 (国立天文台)、James H. Hough (Hertfordshire 大学、英国)、Jeremy Bailey (New South Wales 大学、オーストラリア)、Douglas C. B. Whittet (Rensselaer Polytechnic Institute、米国)、Philip W. Lucas (Hertfordshire 大学、英国)、中島康 (名古屋大学/国立天文台)、橋本淳 (総合研究大学院大学)
注2:光は進行方向に対して垂直な面内を振動しながら伝わるが、その振動の方向が特定の方向に偏る状態を偏光という。振動の軌跡が円を描く場合を円偏光と呼ぶ。通常の光は、あらゆる方向に振動する光が混合する。
注3:特定の分子において、その構造が左手と右手のような鏡像関係をもつ性質。
注4:InfraRed Survey Facility (赤外掃天施設) の略。口径1.4メートルの南天領域の近赤外線サーベイ専用望遠鏡。名古屋大学、京都大学、国立天文台、南アフリカ天文台が運営する。
2010年4月14日 国立天文台・広報室