シアン化水素は、青酸ともよばれ、人間を含む動物にとっては猛毒の物質です。一方で、この物質が宇宙で観測されると、可視光では見えない星形成の現場を探る目印になります。星が誕生するのは、分子ガスの中でも特にガス密度が高い場所ですが、その高密度分子ガスの指標の一つが、シアン化水素なのです。
分子ガスの観測というと、一酸化炭素がよく指標に用いられます。一酸化炭素は宇宙で一番多い分子ガスである水素分子の分布や質量とよい相関があるためです。一方、シアン化水素は、一酸化炭素が検出されるガスの密度よりも100倍以上も高い密度のガスからでなければ検出されないことがわかっています。つまり、シアン化水素を指標に用いることによって、ガスが星に変わっている、つまり新しい星が次々と生まれている星形成領域をピンポイントに特定できるのです。このような領域は、その周りに存在するたくさんの分子ガスや塵 (ちり) に覆い隠されているために、可視光による観測ではその場所がわからず、見つけることができません。したがって、シアン化水素を使った電波観測が、星形成の現場を探るための有力な手段の一つとなっています。
国立天文台の村岡和幸 (むらおかかずゆき) 研究員らは、野辺山宇宙電波観測所のミリ波干渉計を用いて、渦巻銀河M83の中心部分で一酸化炭素とシアン化水素を観測しました。その結果、可視光では暗く見える領域に高密度分子ガスが存在していることを明らかにしました。以前の観測では、空間分解能が不足していたために、高密度ガスの詳しい位置や広がりはわかっていませんでした。しかし、村岡氏らの観測によって、高密度分子ガスの分布、つまり星が次々と生まれている星形成領域は、可視光で明るい領域の中心から約965光年離れていることがわかりました。これまでの観測ではわからなかった、大量の分子ガスや塵に覆い隠された星形成の現場を特定することに初めて成功したのです。また、高密度分子ガスの広がりは約965光年四方で、これは銀河系で知られている巨大分子雲の集団程度の大きさであることもわかりました。
村岡氏らはさらに、一酸化炭素を指標とする分子ガスに対する高密度分子ガスの割合と星形成効率 (単位ガス質量あたりの星形成率で、どのくらい効率よく星を形成しているかという指標) の関係を調べ、他の銀河と比較しました。その結果、この二つの物理量の相関関係は、M83の中心部でも、他の渦巻銀河や相互作用している銀河でもよく一致しており、高密度分子ガスの割合が多ければ多いほど、星形成効率も高いことがわかりました。
最近の研究では、遠方銀河においても高密度分子ガスが銀河の星形成活動と密接に関係していることが示されています。しかし、遠方銀河では、M83などから予測されるよりももっと活発な星形成活動があるものと示唆されています。今後は、どのような条件下で高密度分子ガスの割合が増え銀河の星形成活動が活発となるのか、観測的にまた理論的に調べていく研究が進むことで、銀河進化を理解する助けになるものと期待されます。
この研究成果は、2009年4月発行の日本天文学会欧文研究報告に掲載されています。
2009年5月22日 国立天文台・広報室