米国・カーネギー研究所の大内正己 (おおうちまさみ) 特別研究員が率いる日米英の国際研究チームは、ビッグバンから約8億年後という宇宙が生まれて間もない時代にあたる宇宙空間に、不思議な巨大天体を発見しました。ビッグバンから約8億年後というのは、現在の宇宙年齢に対してたった6%しか経っていない時代に相当します。
発見された天体は、ライマンアルファ・ブローブという巨大なガス状の天体に分類されます。その大きさは、約5万5千光年と、現在の天の川銀河の円盤の半径に匹敵するほどに広がっており、宇宙初期の時代の天体としては記録的な大きさです。
研究者たちは、この古代宇宙でみつかった天体を、謎のベールに包まれた古代日本の女王卑弥呼にちなみ「ヒミコ」と名付けました。
ヒミコは、くじら座方向の「すばるXMMニュートンディープサーベイフィールド」と呼ばれる観測領域で発見されました。研究チームは、この領域にある207個の遠方銀河候補を、ケック望遠鏡やマゼラン望遠鏡によって分光観測し、正確な距離を測定しました。するとヒミコは、約129億光年という遠方に存在することが判明したのです。さらに、スピッツァー宇宙望遠鏡や英国赤外線望遠鏡による赤外線観測のデータ等からは、ヒミコに含まれている星の質量が、同時代の他の銀河と比べて十倍以上も大きいことがわかりました。
研究チームを率いた大内氏は、「この発見にはたいへん驚いています。宇宙の歴史の最初の段階に、こんなに巨大な天体があったとは想像していませんでした」とコメントしています。現在知られているビッグバン宇宙論では、一般的に小さな天体が最初に作られ、それらが衝突合体を繰り返して大きな天体、つまり銀河が形成されると考えられています。このモデルが正しければ、初期宇宙には小さな銀河しか存在しないことになります。ところが、ヒミコの大きさは、現在の平均的な銀河と同じくらいの大きさです。一般的に信じられているような銀河形成のモデルでは、ヒミコの存在は説明できないのです。
ヒミコの正体が何なのか、研究者たちも頭を悩ませています。多数の世界最大級の望遠鏡を使って、さまざまな波長で観測しても、ヒミコの正体は未だに分からないからです。ヒミコはこれまでに発見された天体の中で最も遠い天体の一つのため、見かけ上とても暗く、この天体の物理状態を理解する手がかりが得られていません。もしかしたら、ヒミコは超大質量ブラックホールにより電離されたガス雲かもしれませんし、若い銀河が激しく衝突して爆発的星形成を起こしている天体かもしれません。または、太陽質量の400億倍にも相当する1つの巨大な銀河という可能性もあります。
ヒミコの正体を明らかにするためには、ヒミコと同じ時代の銀河の観測例を増やし、それらに共通する特徴を明らかにしなければなりません。また、ヒミコについてのより詳しい観測も必要でしょう。特に、ヒミコがどのくらい星間物質を含んでいるかを調べることは、ヒミコがどのような天体に進化するのかを解明するために非常に重要です。星間物質についての観測は現在の電波観測装置では難しく、建設中のアタカマ大型ミリ波サブミリ波干渉計 (ALMA) の観測開始が期待されます。
本研究は2009年5月10日発行の米国の天体物理学専門誌「アストロフィジカル・ジャーナル」に掲載されます。
2009年5月1日 国立天文台・広報室