漸近赤色巨星から湧き出すダストを発見〜宇宙初期のダスト形成の手がかりか?〜

 宇宙に塵をばらまいている犯人は、いったい誰なのでしょうか。

 少しでも掃除を怠けたりすると、部屋の片隅にたまってしまう塵 = ダスト。実は宇宙空間にもダストが存在しています。宇宙空間を漂うダストの正体は炭素や酸素、ケイ素などからなる微小な粒子です。赤外線による観測が進むにつれ、宇宙の歴史を紐解く上で重要な存在であることがわかってきました。

 例えば、127億光年を越える遠い宇宙にあるクエーサーの観測から、ダストが存在していることがわかりました。127億光年先の宇宙とは、すなわち宇宙が始まってからわずか10億年しか経っていない、若い宇宙を意味しています。そんな若い宇宙にダストが存在しているとする観測結果は、天文学者を悩ませています。なぜなら、誕生直後の宇宙にはダストの構成元素である炭素、酸素、ケイ素がほとんど存在せず、従ってダストも存在しないはずだと考えられていたからです。いったいどんな天体が、宇宙初期のダストを作ったのでしょうか?

 日米欧の共同研究チームは、スピッツァー宇宙望遠鏡を用いて低金属量 (注1) の星を分光観測しました。金属量は、星の年齢が若いほど増加する傾向があるため、低金属量の恒星ほど宇宙初期に誕生したと考えられます。今回観測された星は、進化段階後期の漸近赤色巨星 (注2) のうち、赤外線で分光した星の中で最も金属量が低い星 (太陽の金属量のたった5パーセントほど) です。そして、この星の周囲から少しずつダストが湧き出しているということを発見したのです。この発見は、低金属量と考えられている初期宇宙の銀河でも、漸近赤色巨星によってダストが供給されていた可能性を示唆する重要な発見です。そして、超新星爆発がダストの主な供給源だと考えられてきた初期宇宙におけるダスト形成理論に一石を投じたものと言えます。

 また、この観測ではアセチレン (注3) も大量に見つかりました。アセチレンは水素と炭素からなる直鎖状の分子で、さまざまな物質合成の原料となります。そのため、もっと複雑な分子や有機物も漸近赤色巨星によって、宇宙の初期段階ででき始めていたのかもしれません。今後の観測によって、さらに複雑な分子や有機物の検出が期待されます。

 本研究は、2009年1月16日発行の米国の科学雑誌「サイエンス」に掲載されています。

注1:天文学や宇宙物理学でいう“金属量”とは、水素とヘリウム以外の元素の比率を意味する。これは、星や銀河には水素やヘリウムの量が圧倒的に多いため、便宜的にその他の元素をまとめて“金属”と呼んでいることに由来している。日常的に使われる“金属”とは意味が異なるので注意が必要。

注2:中小質量星が進化した星を漸近赤色巨星と呼ぶ。太陽の表面温度は絶対温度で約6000度だが、漸近赤色巨星の表面温度は絶対温度で約3000度以下の低温であるという特徴を持っている。太陽も約50億年後には漸近赤色巨星へ進化する。

注3:化学者の国際学術組織である国際純正・応用化学連合によって制定された国際基準名称は「エチン」。ただし、この名称よりは、慣用名であるアセチレンのほうが一般的であるため、アセチレンと表記した。

参照:

2009年2月5日           国立天文台・広報室

転載:ふくはらなおひと(福原直人)