最近の研究で、宇宙にはあまりないと考えられてきた負の電荷をもつイオン(負イオンまたは陰イオンと呼ぶ) の存在が確かめられつつあります。これには国立天文台野辺山宇宙電波観測所の45メートル電波望遠鏡による発見も大きく貢献しています。
そもそも、負イオンの存在が疑われたのは、今から10年以上も前でした。川口建太郎 (かわぐちけんたろう) 現・岡山大学教授らが、45メートル電波望遠鏡を用いて IRC +10216 という赤外線星を観測したところ、未知の直線状分子によると思われる電波を発見しました。これらの電波は、その特性から B1377と命名されました。それまで知られていた C_6H や、C_5N に関係する分子ではないか、と疑われたのですが、正体はよくわかりませんでした。
1996年、当時東京都立大学の大学院生だった青木孝造 (あおきこうぞう) は、生田茂 (いくたしげる) 教授と共に量子化学計算を行い、この未知の B1377が、直線状分子 C_6H の負イオンである C_6H^- であることを見出しました。しかし、当時は負イオンが放つ電波は宇宙ではひとつも検出されていませんでした。通常の星間分子雲の中で、最も電波が強い正イオンは HCO^+ というものですが、問題の恒星 IRC +10216 では、この正イオンさえも非常に弱いため、負イオンがそれより多く存在しているとは考えられませんでした。そのため、天文学雑誌には論文としては掲載されず、紆余曲折の末、欧州の化学系論文誌である「Chemical Physics Letters」に2000年になって掲載されました。
ところが、この負イオンの存在を後押しする研究が続々と現れてきました。スイスのバーゼル大学の M.Tulej らは、炭素原子7つからなる負イオン C_7^-の実験室スペクトルを測定し、それらが星間空間で観測される可視光領域の吸収線に一致していることを見いだしました。この研究そのものは、観測データの比較において誤りがあり、その仮説は消えましたが、多くの研究者の関心を負イオンに引き付けたという意味では、たいへん大きな役割を果たしました。それに誘発されて、イギリスのマンチェスター大学の T.J.Millar らは、こういった恒星周辺部での新しい化学反応モデル計算を行い、炭素と水素の組み合わせによる負イオンの存在量が高くなるという驚くべき結果を示しました。
さらに、昨年になって、ハーバード大学の M.C.McCarthy らは、実験室でC_6H^- の電波の検出に成功し、それが B1377 と一致することを示しただけでなく、おうし座の星間分子雲でも検出したことを報告しました。ついに B1377が負イオン C_6H^- によるものであることが証明されたわけです。
今年になって、負イオン C_4H^-、C_8H^- が検出され、C_6H^- は原始星にも存在することがわかってきました。
負イオンは宇宙にも存在し、10年の歳月を経て証明されてきたというこの一連のドラマは、12月7日と8日に東京大学で開催される野辺山ワークショップ「CCS分子発見 20周年記念 炭素鎖に関するワークショップ (NRO Workshopon Carbon-Chain Chemistry, 20th Anniversary of CCS) 」において、B1377 の発見者である川口教授により、「負イオンの天文観測 (Astronomical Observations of Negative Ions) 」という題で、最近の研究成果も含めて発表されることになっています。
注:文中の「C_6H^-」という記述の「_6」部分は、「6」が下付文字であることを表しています。また、「^-」は負イオンを表す上付文字です。
※この記事は、青木孝造さん (東京大学工学系研究科リサーチフェロー) よりいただいた情報を元に作成しました。
2007年12月7日 国立天文台・広報室