新星を熱心に捜索されている、岡山県津山市にお住いの多胡昭彦(たごあきひこ)さんが、カシオペヤ座に奇妙な変光星を発見されました。よく調べてみると、この天体はどうやら、アインシュタインの一般相対性理論を体現した、重力レンズ現象(マイクロレンズ)を起こしたもののようです。これまでマイクロレンズは、プロによる捜索で、暗く遠いものが発見されてきた例はありますが、これほど明るく、近くにあるものは過去に例がありません。
多胡さんはデジタルカメラを使って星空の写真を撮影しています。10月下旬、いつもは11.8等級で写っている星が、次第に明るくなっていくのに気付きました。星の位置は、
赤経 0時09分22.04秒 赤緯 +54度39分43.8秒 (2000年分点)
で、カシオペヤ座のW字形の右端にある星(カシオペヤ座β)から南に4.5度ほどのところにあたります。多胡さんが観測したこの星の明るさ(時刻はすべて世界時)は、
10月25.538日 10.7等 27.409日 10.5等 30.411日 8.8等 31.469日 7.5等
で、平常時の11.8等から比べると50倍以上の明るさになったのです。
これほど星が明るくなるというのは、爆発現象などが起きていることが予想されます。ところが、イタリアのAsiago天文台や、岡山県の美星天文台などで撮影されたスペクトルは、へんてつもない白い星のものでした。爆発もしておらず、速い自転の兆候も見られません。31日をピークに、次第に星の明るさは暗くなっていきましたが、その間もスペクトルの特徴は変わりませんでした。
このような、スペクトルの特徴を変えず、ただ明るさが変動する、という現象は、星と私たちのほぼ中間くらいの距離で、別の天体が重なったときに起きます。中間の星の重力によって光が曲げられ、背後の星が明るく観測されるのです。マイクロレンズと呼ばれる、この種の現象は、銀河系の中心方向の星や、大小マゼラン銀河の星をターゲットにしてプロの天文学者による捜索が行なわれており、暗い例は数多く発見されてきています。しかし、このように明るい現象が見つかったのは初めてですし、もちろんアマチュア天文家による発見も初めてのことです。減光の光度曲線は、マイクロレンズ現象が予言するものに良く一致しており、レンズの役割を果たした星の距離や質量も計算されつつあります。
ただ、このような増光現象の場合は常のことですが、発見後は密に観測されて明るさも良くわかる一方、発見前の情報は非常に手薄です。10月のこの天体の明るさの記録があれば、光度の変化のようすが、より鮮明に描き出されるため、10月にカシオペヤ座付近を撮影した写真や画像を集めています。詳しくは、VSOLJ ニュース (162)をご覧ください。
注:このアストロ・トピックス(257)の原文は、九州大学の山岡均さんから投稿していただいたVSOLJ ニュース (162)をもとに、国立天文台・広報室でわずかに補訂をしたものです。
2006年11月16日 国立天文台・広報室