ドイツ・マックスプランク研究所の後藤美和(ごとうみわ)さんを中心とするチームは、すばる望遠鏡の近赤外線分光撮像装置(IRCS)と波面補償光学装置(AO)を使った観測により、若い星の周りにある円盤の内側の縁にあるガスの様子を初めて明らかにしました。これまでにも、HD141569Aと呼ばれるこの星が広がった星周円盤を持っていること、その内壁が一酸化炭素(CO)輝線で光っていることは知られていました。しかし、これまでの多くの観測はダストからの放射を観測したもので、原始惑星系円盤の99パーセントをしめるガスを観測した例はありません。今回、AOによる高い空間分解能とすばる望遠鏡の集光力のおかげで、はじめてその内壁の“ガス”が捉えられたのです。さらに、ガスがどのくらい内側まで、つまり、星の近くまで存在しているのかと いうことも、この研究から明らかになりました。観測の結果、HD141569Aから半径約11天文単位より(およそ木星軌道の2倍)内側の領域で、ガスは散逸してしまっていることがわかりました。
星が一人前になる過程で星周円盤がどのように消失するのかという疑問は、まだよく解明されていません。星周円盤にあるガスやダストが材料になって惑星が形成すると考えられていますから、星周円盤がどのように、また、どのくらいのタイムスケールで消失するかを明らかにすることは、惑星形成を理解する上でも大変重要な問題です。
円盤消失のメカニズムとして、いくつかのモデルが提案されています。例えば、円盤内で誕生した惑星がその母体であった円盤の物質を掃き集めてしまう、近くにある大型の星からの強い光によって蒸発した,などが挙げられます。そこでまずは、星から円盤の間のどのくらいの距離のところからガスが存在するのか、また、ガスはどのような運動をしているのかを調べて、どのように考えれば観測事実をよく説明できるか調べる必要があります。
今回のHD141569Aの観測でガスが検出できなかったのは、星からの距離が約半径11天文単位(およそ木星軌道の2倍)のより内側の領域でした。この半径は、この星の重力半径(星からの光で電離されたガスが、星の重力を振り切って散り去ってしまうことができる最小半径)に相当します。この結果は、円盤中のガスの光蒸発は重力半径付近がもっとも活発であるという理論予測を支持しており、この円盤散逸の主たるメカニズムは、星からの光による円盤物質の蒸発であったことを示しています。
HD141569Aの年齢は、さまざまな観測から500万年程度と見積もられています。一方、木星型ガス惑星は、100万年から1000万年ほどの時間をかけて、ゆっくりと円盤中の気体を集めながら成長してゆく、と一般的に考えられています。つまり、光蒸発によって分子円盤中心部が消失してしまうタイムスケールと、惑星系形成のタイムスケールがほぼ重なっているということになります。このことは、惑星系形成 が充分な時間的猶予を与えられた中で起こるのではなく、むしろ惑星は光蒸発で消滅 しつつある星周円盤と競争しながらその質量を回収しなければならない、ということを示唆しています。材料が吹き飛ばされてしまう前に,大急ぎで材料を集めて成長しなければならないわけです。
惑星は、競合する二つの過程-惑星系形成と円盤の光蒸発-の微妙なバランスの中で形成され、それがために「典型的」な惑星系というものが存在せず、今日までに多数見つかっている惑星系の多様性につながっているのかもしれません。
この研究は、アメリカの天文学雑誌、アストロフィジカルジャーナルに掲載される予定です。