リニア彗星(C/2002 T7(LINEAR))は、2002年10月にアメリカ・リンカーン研究所の"リニアプロジェクト(LINEAR=Lincoln-Laboratory Near Earth Asterid)"のチームが発見した彗星です。発見時の日心距離は約7天文単位(1天文単位は地球・太陽間の平均距離、1億5千万キロメートル)でしたが、今年4月23日には太陽に0.6天文単位まで近づき、肉眼彗星になると期待されています。ちなみに、同時期に、別の彗星(ニート彗星 C/2001 Q4)も肉眼彗星となることが期待されています。
国立天文台の研究グループは、すばる望遠鏡を用いて、2003年9月14日、このリニア彗星の近赤外線分光観測を行い、世界で二例目となる"氷粒"の直接検出に成功しました。
彗星は水の氷(H2O)が主成分なのですが、その氷がどのような状態で存在するか、よくわかっていません。氷の粒のサイズや結晶状態を知ることは、46億年前、太陽系が生まれた頃に、彗星核がいったいどのような環境でできたかを知る有力な手がかりとなるはずです。
ところが彗星の氷を直接、検出するのは困難です。太陽に近づいて、明るく観測しやすい彗星になると、氷は彗星核から放出されるとすぐに太陽熱で融けてしまいます。そのため、氷が融けないような遠方で観測すればよいのですが、今度は彗星そのものが暗くて観測が困難となってしまいます。したがって、彗星の氷粒の検出には、「大型の彗星」であり、なおかつ「遠方での観測」が必須となるわけです。最初の成功例は、20世紀最大の彗星であるヘール・ボップ彗星で、太陽から7天文単位という遠方でした。
今回は、このリニア彗星がやはりハレー彗星並の大物と考えられており、当時まだ太陽から3.5天文単位という比較的遠方にあったため、氷粒が彗星近傍の中で融けていないと予想されました。そこで、すばる望遠鏡の近赤外線分光器CISCO によって、核近傍の1000キロメートル付近のみのコマを取り出しました。その結果、水の氷の吸収を示すスペクトルを得ることに成功しましたが、通常の結晶質氷ならば見られるはずの1.65マイクロメートルの吸収が存在しませんでした。すなわち、この彗星の氷粒はアモルファス(非晶質)の状態にあると考えらるわけです。アモルファスの氷は、絶対温度140度以下でしか形成されず、彗星の氷が低温での凝結物質であることがあきらかになりました。さらに、今回の観測では氷(H2O)だけではなく、どうやらアンモニア(NH3)の氷らしい吸収を初めて検出しました。アンモニアの含まれた氷(H2O)の存在は、太陽系の惑星が持つ衛星などでは確認されていましたが、彗星の氷(H2O)の中に発見されたのは初めてです。
今回の成功は、すばる望遠鏡の集光力と高い空間分解能による成果とも言えるでしょう。このレベルの彗星で、氷粒の観測が可能であれば、さらに今後は起源の異なると思われる彗星についても同様の観測ができるのでは、と期待されます。
2004年4月5日 国立天文台・広報普及室