【転載】VSOLJニュース(011)

GRB 990123: ガンマ線バーストの謎はさらに深く


突然、波長が非常に短い光であるガンマ線が、数十分の1秒から数分間にわたって放出されるという天体現象があります。ガンマ線バーストと呼ばれるこの天体は、1967年に発見されて以来、長い間その正体は謎でした。ところが2年ほど前、ガンマ線バーストが記録された同じ位置を数日後に望遠鏡で観測し、20等ほどの天体が次第に暗くなっていくところがとらえられました。ハッブル宇宙望遠鏡をはじめ、多くの観測が行なわれ、ガンマ線バーストはどうやら数十億光年以上という非常に遠い現象であることがわかってきました。その後、ガンマ線バーストに付随した可視光の残光が、いくつものバーストに対して観測されるようになりました。

1999年1月23日、明るいガンマ線バーストが複数のガンマ線天文衛星によってとらえられました。即座に可視光対応天体の観測が行なわれ、ガンマ線を放出している最中に、可視天体が検出されました。その明るさは、なんと9等級という、小さな望遠鏡でも簡単に見られるほどのものでした。それに引き続いて、多くの観測や議論が熱く続けられています。バースト発生から2週間ほどになりますが、これまでの情報をまとめておきたいと思います。

・バーストの発生

ガンマ線は地球大気を通らないため、ガンマ線観測は主に天文衛星によって行なわれています。特にガンマ線バーストをとらえ、その情報をいち早く伝えるように設計されたものとして、NASAのCGRO衛星に載せられたBATSE検出器と、イタリアが中心となって作ったBeppoSAX衛星などが活躍中です。

今回のバーストは、日本時間で1999年1月23日午後6時46分56秒に起きたもので、発生日を使ってGRB 990123と名付けられています。バーストは、開始後25秒ほどで強度最大になり、いったん暗くなった後に開始後40秒にはまた明るくなるという「ダブルピーク」を示し、100秒近くまで続きました。その間に受かったガンマ線の総量は、これまでのガンマ線バーストの中でも最大級でした。

・可視光観測

バーストの発生が天文衛星でとらえられると、その情報は即座に地上に伝えられ、他の波長で観測するために位置が求められます。CGRO衛星のBATSEの場合、バーストをそれと気付くのに2秒、そのデータを地上局であるNASAのゴダート航空センターに送るのに2秒から3秒、そして位置を計算するのに0.1秒ほどかかります。さらに各天文台に、電話回線やインターネットを使って位置情報が伝わるのに0.3秒ほど(方法によってはもっと長く)かかります。総計、最短でバースト開始から5秒ちょっとで観測準備を始めることができるわけです。ただし、この速報位置の精度は角度5度くらいで、月のみかけの大きさの10倍ほどの円内のどこか、ということしかわかりません。

GRB 990123の発生も、同様に全世界に伝えられ、即座に可視光や電波での観測が開始しました。位置はうしかい座の北の部分にあたり、1月の北半球では夜半過ぎに観測しやすくなります。世界中で最も対応が速かったのは、ROTSE-Iと名付けられたカメラです。アメリカのニューメキシコ州に置かれたこの装置は、焦点距離200mmのカメラレンズにCCDカメラをつけたもの4台で構成されており、位置情報を受け取ってすぐに自動で望遠鏡を向け、目標天体の撮影を始めます。このシステムならば視野も広く、位置情報の不確かさも克服できます。今回の場合、バーストの発生から22秒後に天体の撮影に入りました。

その結果、バーストの2時間ほど前に同じ方向を撮影していた画像には写っていなかった新しい光点が、最初の露出(バースト発生から22秒 -- 27秒)では12等、次の露出(バースト開始から47秒 -- 52秒)では9等級の明るさで現われているのがとらえられたのです。最初の露出は、ガンマ線ではちょうど1回目のピークに重なるように、次の露出は2回目のピークよりも後ですがまだガンマ線を放出している間になされました。ガンマ線バースト天体が、ガンマ線を出すのと同時に可視光も出しているところが、初めてとらえられたわけです。それも、小望遠鏡で簡単に見ることができるほど明るかったとは、誰も予想していないことでした。

光点はそのあとは急激に暗くなり、バーストから10分後にはすでに14等以下に減光していました。さらに、バーストから4時間後にパロマー山天文台で撮られた画像では18.7等、8時間半後に北京天文台で撮られた画像では19.2等ほどと、非常に速く暗くなっていきました。その減光のようすは、これまでにとらえられたいくつかのガンマ線バーストの残光と同様、時間の対数と等級がグラフ上で直線になる(power-law decay)ような変化でした。超新星のような、放射性元素がエネルギー源となるもので起きる指数関数的な変化(exponentialdecay: 時間と等級のグラフが直線になる)とは異なっていたのです。

・バーストの距離と母銀河

ガンマ線バーストの可視光対応天体は、これまで多くの場合、非常に遠くの銀河に重なって発見されています。そこで、バーストはこれらの銀河の中で起きたものであろうと考えられています。このような銀河を、バーストの母銀河と呼びます。

ガンマ線バーストの距離は、可視光対応天体や母銀河を分光観測し、吸収線や輝線の赤方偏移を測ることで推定されます。今回のGRB 990123の場合、対応天体の吸収線がハワイの口径10mのKeck-II望遠鏡などで観測され、赤方偏移の量zが1.60、距離90億光年ほどと推定されました。観測可能な宇宙の大きさの半分以上の距離になります。

この距離と、9等級という明るさを組み合わせると、もしこの天体が私たちの銀河系内1kpc(3260光年)の距離にあったら、最も明るいときには太陽と同じ明るさで見えたことになります。恒星の現象として最も明るい、超新星爆発の極大と比べても、100万倍以上明るいものです。おとめ座銀河団の距離(超新星だと最高でも12等くらい)では、金星より明るい-5等くらいになったでしょう。

母銀河とされる天体は、以前の画像にははっきりとは写っておらず、今回のさまざまな観測でもまだその正体がわかっていません。光点の西側10秒角ほどのところにz=0.28の手前の銀河があることはほぼ確定的ですが、z=0.21ほどに相当するスペクトル線を報告した天文台と、そんな線は見られないという天文台とがあり、手前の銀河がもうひとつあるかどうか議論が続いています。母銀河それ自体も見えないとする観測が多く、確認が急がれます。今週早々にはハッブル望遠鏡も予定を変更してこの天体を観測することになっており、新しい成果が報じられるのも間もなくのことでしょう。

・重力レンズ?

バーストの光学対応天体が信じられないほど明るかったこと、また手前に重なるように銀河がありそうだということから、このガンマ線バーストは重力レンズの影響で本来よりも明るく見えたのではないか、との指摘が、出現2日後になされました。また、もしそうだとしたら、重力レンズによって別の像が遅れてみえるかもしれない、その像は今回のバーストよりも明るいかもしれない、など、多くの議論が闘わされました。

まず、今回のバーストが強い重力レンズによって明るくなった像だとすると、その光路は曲がったものとなります。したがって、今回のバーストより前に、光路がよりまっすぐな像が着いていなければなりません。これまでにとらえられたガンマ線バーストのカタログを調査して、方向や明るさの変化が似たものを探しましたが、対応するものはなさそうでした。 また、バーストがダブルピーク状だったのは、わずかな時間差で到達した2つの像をみたためだ、とも考えられました。その場合、2つのピークは同じ形をしていないといけませんが、見たところそうではないようです。

さまざまな議論から、重力レンズが起きていたというのは可能性が低く、光が特定の方向に絞り込まれていたという効果のために明るかった、とする説が有力になってきています。しかし、重力レンズによって遅れた像が、今後地球に届くという望みも捨て切られてはいません。モニター観測を続けるのには意味があると考えられます。

発見から2週間が過ぎたGRB 990123ですが、今後の観測でその正体が明らかになるにつれ、ガンマ線バースト一般についても理解が深まることが予想されます。これからもしばらく、この天体に関する情報には目が離せません。

1999年2月9日

関連サイト:

GCN: ガンマ線バースト情報のネットワーク

http://gcn.gsfc.nasa.gov/gcn

特に、http://gcn.gsfc.nasa.gov/gcn/selected.html にGRB 990123情報が集められている。


ROTSE: バースト中の可視光観測

http://www.umich.edu/~rotse

これまで観測されたガンマ線バーストの可視光対応天体のリスト
http://cossc.gsfc.nasa.gov/cossc/batse/counterparts/
BATSE: CGRO衛星のガンマ線バースト観測装置
http://www.batse.msfc.nasa.gov/
BeppoSAX: イタリアのガンマ線/X線観測衛星
http://www.sdc.asi.it/sax_main.html

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転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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