【転載】国立天文台・天文ニュース(300)
NASAの火星探査機、マーズ・クリメイト・オービターが操作ミスで失なわれたことは、すでに天文ニュース(294)でお知らせしました。そして、新聞などで報道されたように、そのミスの原因が、メートル法とヤード・ポンド法の単位の取り違えという、まことに信じられないところにあったと伝えられています。この事情をもう少し説明します。
探査機、マーズ・クリメイト・オービターは、デンバーのロッキード・マーチン航空宇宙社(Lockheed-Martin Astronautics)で建造され、NASAが打ち上げました。NASAのジェット推進研究所(Jet Propulsion Laboratory;JPL)チームが、探査機の追跡データからその軌道をどのように修正するかを決定し、ロッキード・マーチン社がその修正に対し、必要なエンジン噴射の推力を計算するという手順がとられていました。その推力を、ロッキード・マーチン社は重量ポンド単位で表現していましたが、JPL側でそれをニュートン単位として受け取っていました。この状態が、打ち上げ以来9ヶ月続けていたのです。
1重量ポンドはほぼ4.45ニュートンに相当します。この解釈の差のため、最終的に火星に近付いたとき、探査機の高度が予定以上に下ってしまいました。火星表面から85キロメートル以下の高さにになると、探査機は壊れるおそれがあります。探査機からは、「最低高度が140キロメートル以下になる」との危険信号が出されました。最低高度を高めることも検討されましたが、重量ポンドとニュートンの取り違えに気づいていなかったJPLチームは「大丈夫」と判断し、特に対策をとりませんでした。その結果、探査機は、火星表面近くの濃い大気に突っ込んでしまったと推定されています。
実をいいますと、この失敗は、ただ一つだけの理由で説明できるものではなく、いくつもの原因が複合していると考えられます。そして、現在、別個の3チームが失敗の原因の詳細な検討をおこなっています。しかし、そこに「単位の取り違え」が影響していることは間違いありません。
これを「つまらないミス」と笑うのはたやすいことです。しかし、同じ内容に対し、二通りの表示法があると、誤りを犯しやすいのは当然です。天文関係でも、気になることはいくつもあります。たとえば、新暦と旧暦を併用すること、西暦と年号の両方を使用していることなどもこの例です。特に下2桁だけで西暦を使うと、後になって、年号との区別がつかなくなる場合があります。心しなければなりません。
参照
1999年10月21日 国立天文台・広報普及室