【転載】国立天文台・天文ニュース(243)
宇宙は膨張しつつあり、銀河やクェーサーは遠くにあるものほど速いスピードでわれわれから遠ざかっています。これは、いまの天文学では常識です。しかし、万有引力によって物質はたがいに引き付けあいますから、将来その膨張が止まるか止まらないかは別として、膨張のスピードはしだいに遅くなると考えられていました。
遠く離れた銀河の距離や後退速度は、超新星を利用して、精度の高い測定がなされています。特にタイプIの超新星は明るく、遠くでも比較的観測しやすいこと、絶対光度がほとんど一定であることのため、距離と後退速度の関係を求めるのによく利用されます。最近、超新星を観測している二つのグループから、それぞれ、「宇宙の膨張はむしろ加速している」という驚くべき結果が報告されました。これは相当信頼のおける結果と考えられています。
では、どうして膨張が加速されるのでしょう。加速があるとしたら、そこに何かの力が作用しているはずです。しかし、何がそのような力を働かせているのか、いまの物理学では、すぐには思い当たるものがありません。
ここで思い出されるのは、アインシュタインが1917年に取り入れた宇宙定数ラムダのことです。重力によって宇宙が収縮してしまうのを避けるために導入したラムダでしたが、宇宙膨張が発見されて不要の仮説となり、「人生最大の誤りであった」としてアインシュタインはこれを取り下げました。このラムダが、宇宙膨張の加速を説明するため、近ごろ、ふたたび宇宙論に現れてきているのです。
プリンストン大学のスタインハルト(Steinhardt,Paul J.)らは、この加速が、クインテセンス(quintessence)と呼ばれる新種の物質の影響である可能性を述べています。クインテセンスはマイナスの質量をもち、物質を遠くへ押しやる斥力を働かせます。この斥力ラムダは定数ではなく、宇宙の初期には大きくてインフレーションをもたらし、その後しだいに減少して、今日の小さいレベルになった、しかしいまなお宇宙膨張を加速させているというのです。
これだけの説明では、単なるおとぎ話のように思われるかもしれませんが、この種の概念は、量子力学的に、真空場とか、超低エネルギー励起など、これまでにわかっている物理学で理解できる可能性もあるそうです。
現在のラムダの値は理論的に観測可能で、現実に測定されてもいますが、その結果からすべての系統誤差が除かれている保証はなく、もちろんクインテセンスの存在が立証されたわけでもありません。しかし、望遠鏡、検出器などの性能が飛躍的に進歩している今日のことですから、この問題について、何らかの結論がもたらされる日が遠くはないかもしれません。
参照
1999年3月11日 国立天文台・広報普及室
先週発行した「国立天文台・天文ニュース (241)/新彗星 C/1999 D1(Hermann)」で軌道要素に半角カタカナが混在していた為、インターネットを経由する際などに文字化けをおこしておりました。以下の様に訂正致します。
近日点通過時刻 = 1999 Feb.18.059 TT 近日点引数 = 173°.497 昇交点黄経 = 350°.549 (2000.0) 近日点距離 = 1.81377 AU 軌道傾斜角 = 25°.772
また、この記事自体、更に一週間遅れた発行となっていたことも併せてお詫び申し上げます。
1999年3月11日 国立天文台・広報普及室