【転載】国立天文台・天文ニュース(242)

生命の素材は宇宙から?


 われわれ人類を含めて、地球上には生命をもった動植物が多数繁栄しています。これらの生命が最初にどうして誕生したのかを不思議に思わない人はないでしょう。

 最近、NASA、エームズ・リサーチセンターのバーンステイン(Bernstein,Max P.)らのグループは、室内実験に基づいて、生命の素材となる物質は宇宙空間の濃密な分子雲の中で生じた可能性が強いという研究結果を発表しました。

 「多環式芳香族炭化水素」という言葉をお聞きになったことがあるでしょうか。これは南極で発見され、火星から到来したと信じられる隕石中に、1996年夏に「生命の痕跡がある」と話題になったときにも使われました。化学的には、いくつかのベンゼン環をもつある種の有機化合物の総称で、PAHs(Polycyclic Aromatic Hydrocarbons)と略称されます。PAHsは炭素星の外層大気中で生成したと推測され、宇宙空間の各所で観測されています。宇宙空間に存在する炭素の20パーセント以上がPAHsの形をとるともいわれているのです。

 濃い分子雲中では、銀河からの放射が遮られて温度が下がり、ガス状の物質は、水を始めとし、二酸化炭素、メタンなど、さまざまな分子の氷となって凝結します。PAHsも、存在比は僅かですが、これらの氷の中に含まれると推定されています。この状態の氷に紫外線が当たると、PAHsにどのような変化が起こるでしょうか。何か特徴のある有機分子ができる可能性もあります。

 バーンステインらは、分子雲空間に似た環境で、温度10Kの実験室を作り、その中でさまざまなPAHsを含んだ氷に紫外線を照射して、新たに生成した物質が何であるかを、赤外分光法により、また質量分析器を使うことによって調べたのです。その結果、あるものは酸化されて芳香族のアルコール、ケトン、エーテル類の化合物に変化し、また別のものは還元され、何個かの水素原子が付加された芳香族炭化水素になったことが確かめられました。これらの化合物は、ただちに生命発生に結び付くものではありませんが、シアン化水素、ホルムアルデヒド、プリン、アミノ酸などの生命の基礎物質につながる中間物質として、重要な意味をもつと考えられます。

 実を言うと、これらの生成した化合物は、みな炭素質隕石中に含まれることがわかっています。したがって、分子雲中で生まれたこれらの物質が彗星、隕石などにとりこまれて原始地球に運ばれ、生命発生の素材となった可能性が大きいのです。

 これは、生命の誕生を説明したものではありません。ただ、生命の素材となる物質が宇宙空間で比較的容易に生成するらしいことを述べたものです。これまで、生命発生につながる素過程が、すべて地球上で進行したという考え方もありましたから、この結果は、生命が生み出される過程を考察する上で、大きな意味をもつと思われます。

参照

1999年3月4日           国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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