【転載】国立天文台・天文ニュース(203)

土星の衛星「タイタン」に水蒸気が存在


土星には軌道の確定している18個の衛星と軌道が未確定の12個の衛星があります。この中には、1995年の土星のリング消失の際にハッブル宇宙望遠鏡で発見された7つ衛星も含まれます。1655年ホイヘンスによって発見された土星の衛星タイタン(Titan)は、太陽系で2番目に大きな衛星(最大の衛星は木星の衛星ガニメデ(Ganymede))で、その直径は水星(4,878 km)や冥王星(2,320 km)よりも大きな 5,150 km もあります。タイタンには窒素分子を主成分とする1.5気圧の濃い大気が存在しています。タイタンを除く土星の全ての衛星表面は、形成直後の激しい隕石衝突によってできた多くのクレーターで覆われていることが知られていますが、タイタンは地表から約200kmの高さまでオレンジ色の厚い雲に覆われており地表の様子は全く分かっていません。この雲は、大気中のメタン分子が太陽光線により化学反応(光解離)を起こしたスモッグのようなもので、複雑な高分子有機物を含んでいると考えられています。この太陽系で唯一濃い大気を持つ衛星「タイタン」の環境は、生命が発生した以前の原始地球に似ており、生命誕生の謎を紐解く手掛かりを握っている可能性もあります。

1980年、4,000kmの距離まで近づたボイジャー1号は、タイタンに窒素の厚い雲が存在することを初めて明らかにし、更にメタンが存在することも確認しました。このメタン(CH4)は太陽光線によりエタン(C2H6)に変化してしまうので、タイタンは常にメタンを大気に供給していなくてはなりません。この供給源としてメタンの湖や海などの存在が推測されています。メタンやエタンは、温度94K(-179度)、圧力1.5気圧のタイタンの表面環境でも液体状態を保っているのです。更にボイジャー1号の赤外干渉分光計(波長4〜55μm)による観測から、エタン、エチレン(C2H4)、アセチレン(C2H2)、などの炭化水素や、シアン(C2N2)、シアン化水素(HCN)、シアン化アセチレン(HC3N)などの窒素化合物も検出されています。一方、アルゴンの直接検出はまだなされていませんが、その存在の上限値はボイジャー1号の太陽紫外線の掩蔽観測から10パーセント程度であることが予想されています。発見されたシアン化水素は、生命をつくりだす化学過程の最初に必要とされる分子であると考えられています。しかし、その後の化学過程に重要な役割を果たす酸素(O2)が水(H2O)の氷として表面下に閉じ込められていると考えられていたため、タイタンでは生命の誕生が期待されていませんでした。ところが、1997年に土星、天王星、海王星などの巨大惑星の成層圏に水が見つかり、土星のリングや氷衛星などに含まれる水の氷が供給源となるような水蒸気がタイタンにも存在しないか赤外線衛星ISO(Infrared Space Observatory)を使った観測が行なわれました。タイタンの土星からの離角が最も大きくなった1997年12月27日、ISOに搭載されたSWS(Short Wavelength Spectrometer)により、水蒸気の輝線のある波長40μm付近の観測が試みられました。観測の結果、43.9μmと39.4μmの2つの放射が受信され、タイタンの大気に水蒸気が存在している証拠が得られました。

ボイジャー1号機の観測以降、探査機によるタイタンの調査は行なわれていませんでしたが、NASA(米国航空宇宙局)とESA(欧州宇宙機構)の共同ミッションにより土星探査機カッシーニが1997年10月15日に打ち上げられました。金星、地球、木星を用いたスィングバイにより加速された後、同探査機は2004年6月に土星に到着する予定です。到着後、軌道船であるNASAのカッシーニ探査衛星(Cassini Orbiter)は土星とリングの調査を行ない、一方、ESAの ホイヘンス探査機(Huygens Probe)は土星の衛星タイタンへ同年11月に投下されることが計画されています。最近のハッブル宇宙望遠鏡の近赤外線による観測から、タイタンの表面に明るい大陸のような部分と暗い部分が存在していることが観測されており、ホイヘンス探査機の着陸地点はこれらの観測結果を用いて決められています。ホイヘンスには、可視-近赤外カメラ、レーダー測定器、ガス・クロマトグラフ、質量分析器、風速測定器、地上分析器などの6つの測定機器が搭載されており、これまでの疑問に対して一挙に答を出す観測が期待されています。生命の起源に対する鍵はタイタンにあるのかもしれません。

参照

1998年9月18日        国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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