【転載】国立天文台・天文ニュース(181)

後期始新世に彗星シャワーがあったのか?


 始新世とは、いまから5300万年前から3400万年前までの期間を表わす地質年代です。地球化学的な事実から、この時代の後半に彗星が大量に出現する彗星シャワーがあり、その一部が地球に衝突したのであろうという推測がなされています。

 シベリアにある直径100キロメートルのポピガイ・クレーターと、アメリカ東岸にある直径90キロメートルのチェサピーク湾クレーターは、どちらも、3560万年前のほぼ同じ時期に天体が衝突してできた衝突クレーターです(天文ニュース120)。この衝突だけでなく、その前後の時期に堆積した地層に、地球外から持ち込まれた物質の量が急に増えていることが確認されたのです。

 地球外物質が堆積物に含まれていることは、イリジウムの増加などからも推定できますが、測定精度がより高いのはヘリウム3を測る方法です。ヘリウム3は通常存在するヘリウム4に比べて原子核の中性子が1個少ない、質量数3のヘリウムです。もともと地球にある物質では、ヘリウム4に対するヘリウム3の存在比は1000万分の1以下ですが、地球外物質ではこの値が1万分の1以上にもなるのです。ですから、堆積層に含まれるヘリウム3とヘリウム4の量を測定すれば、その堆積時にどのぐらいの量の物質が地球外から来たのかを知ることができます。

 カリフォルニア工科大学のファーレイ(Farley,K.A.)らは、イタリア、アペニン山脈、マシナノ(Massignano) にある23メートルもの厚さの石灰岩の露岩とボーリングコアを使って、精密な年代決定とヘリウム量の測定をおこないました。その結果、3650万年前から3160万年前までのデータが得られ、ポピガイ・クレーター生成より前に始まる250万年ほどの期間に、地球外物質の堆積量が大きく増加して、その前後の期間の5.5倍にもなっていることがわかったのです。それ以前、およびそれ以後の期間の地球外物質の堆積量は、安定したほぼ一定の値です。

 では、この時期、どうしてこのような増加が起こったのでしょうか。これにはいろいろの理由を考えることができます。たとえば、小惑星帯の中で大規模な小惑星の衝突があり、そこから生じたたくさんの破片の一部が地球軌道近くにまで落ち込んできて、地球に落下する量を増やしたのかもしれません。あるいは、何かの重力摂動がオールト雲に作用して彗星シャワーが生じ、それらの彗星の一部が地球に衝突、あるいは流星塵となって地球に落下したのかもしれません。こうしたいくつもの仮説に対してファーレイらはさまざまなモデル計算をおこないました。その結果、たとえば小惑星の仮説は、地球外物質が地球に堆積する期間がずっと長期間になるので、観測された事実とは合わないという結論が得られました。このようにしていくつもの仮説を検討した末、ファーレイらは、彗星シャワーの仮説がかなり観測データに一致して、もっともらしいと述べています。また、彗星シャワーを生じさせる力としては、銀河潮汐力のように数100万年おきに周期的に働く力ではなく、たとえば恒星がたまたま太陽系の近くを通過したというような一時的な力の方が、観測事実をよく説明できるともいっています。

 いまから3500-3600万年前のこのような彗星シャワーがあったのが事実だとしたら、現在よりかなり多くの彗星が見えたはずです。当時の夜空はどんな光景だったでしょうか。

参照

1998年6月11日           国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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