【転載】国立天文台・天文ニュース(156)
ヒッパルコス衛星の観測によって、北極星までの距離は、ほぼ430光年であることがはっきりしました。
恒星までの距離を直接に求めるのは、年周視差を測定する方法しかありません。この観測は、地球が太陽の周りを公転しているのを利用し、地球軌道の直径を基線として、恒星の位置を三角測量することに相当します。その基線の両端から見た恒星の見かけの方向のずれから距離を求めることができるのです。そのずれの半分に当たる角度が「年周視差」です。
しかし、恒星の年周視差は非常に小さく、それが角度の1秒より大きい星はありません。北極星の年周視差はわずかに0.008秒程度です。この角度は、20キロメートル離れて1ミリメートルの大きさを見るよりも小さいのです。大気のゆらぎの中で、このように小さい角度を測定するのがどんなに困難であるか、およその想像はできるでしょう。
北極星が方位の北を定める指針となることはよく知られていますが、その距離はそれほどはっきりわかってはいませんでした。たとえば国立天文台が編集している「理科年表」の「おもな恒星」というコラムには、1985年版までは北極星までの距離が800光年と記載されていました。しかし1986年版から、それが400光年に改訂されました。この改訂直後には、「なぜ北極星の距離が急に半分になったのか」という質問が当時の東京天文台に何回も寄せられ、担当者はその説明に苦労したものでした。
これは、要するに測定の困難さによるものです。800光年の数値は、ジェンキンス(Jenkins,L.F.)の視差カタログ(1963)による北極星の年周視差0.003秒によるものです。その後の観測によりこの視差は改訂され、エール輝星カタログ(1982)には0.007秒と記載されています。これが400光年と改訂された理由でしょう。いずれにせよ、測定の有効数字はたった一桁しかありませんから、これを距離に換算しても、意味のある数字はやはり一桁で、見かけ上、距離が急に半分になった形になるのです。付け加えておきますと、最近の理科年表のこのコラムに示されている恒星の距離は、さまざまな方法で求めた距離の加重平均をとった、理科年表独特のものになっています。
大気のゆらぎの影響を避け、宇宙空間から恒星の位置測定をおこなったヒッパルコス衛星の観測から、北極星の年周視差は、(7.56 ± 0.48)ミリ秒と求められました。0.48ミリ秒は測定の標準偏差です。かなりの標準偏差はあるにしても、この測定値には有効数字が三桁もあり、ヒッパルコス衛星の能力のすばらしさがわかります。この年周視差を距離に換算すれば (431 ± 27)光年です。つまり、北極星の距離が431光年と測定されたわけです。ここからみると、800光年を400光年に改訂したのは妥当であったといえましょう。
参照1997年2月5日 国立天文台・広報普及室