【転載】国立天文台・天文ニュース(348)

重力レンズ効果による暗黒物質量の推定


 宇宙には、光を出さない暗黒物質が多量に存在すると信じられています。しかし、観測が難かしいため、その量を求めるのはたいへん困難です。

 しかし、物質が存在すれば、その重力で光の経路が曲がります。これが重力レンズ効果です。その曲がりの程度から、原理的には、暗黒物質量の推定ができるはずです。この立場から、アメリカ、ベル研究所のウイットマン(Wittman,D.M.)たちは、これまで特に質量の集中が知られていない天球上の三方向(うお座、エリダヌス座、コップ座方向)を観測し、暗黒物質量の推定をおこないました。得られた結果は、開いた宇宙、つまり、いつまでも膨張を続ける宇宙に対応するものでした。言い方をかえれば、これは、現在の膨張を止めるだけの量の暗黒物質が宇宙には存在しないことを意味します。

 どうしてこのような推定ができるのか不思議に思われる方もあることでしょうから、原理を簡単に説明します。仮に球形の銀河があるとします。この銀河から出た光が暗黒物質のそばを通過して地球にまで到達したとしますと、光の経路が曲げられるため、銀河は暗黒物質の方向に伸びた楕円形になって観測されます。もちろんこれは僅かな変形で、長軸、短軸の差はせいぜい1パーセント程度に過ぎませんが、それでもその扁平の程度から、暗黒物質の量がわかるのです。もちろん現実の銀河は球形とは限りませんし、一般の銀河もどの方向を向いているのかわかりません。しかし、たくさんの銀河がランダムな向きにあることを仮定しますと、統計処理によってこの問題は克服できるのです。

 ウイットマンたちは、チリ、セロトロロのインターアメリカン天文台にある口径4メートルのブランコ望遠鏡に、この観測のために特別に製作されたカメラを装着し、三方向に対しそれぞれ43分の視野を観測しました。そして、各方向でそれぞれ15万個近い銀河の楕円率の測定をおこないました。銀河が遠いほど、経路に沿ったより多くの暗黒物質の影響を受けて、銀河の平均の扁平率は大きくなります。それぞれの銀河の視線速度(距離)と扁平率の関係から暗黒物質量が計算できたのです。

 ここで得られたのは、たった三方向の観測からの結果です。したがって、これだけで暗黒物質量の問題がすべて解決できたのではありません。それでも、南極でおこなわれたブーメラン実験などその他の観測を併せ考えると、宇宙に関するパラメータの数値がより精密化される時代がきたことを感じます。

参照

2000年5月18日 国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

[天文ニュース目次] [星の好きな人のための新着情報]