【転載】国立天文台・天文ニュース(267)

電波天文学とイリジウム衛星


 最近、夜空の一点に,一瞬だけ、突然かなり明るい光が見えることがあります。これは多くの場合イリジウム衛星で、その太陽パネルが太陽光を反射して光るのです。イリジウム衛星は携帯電話システムのための人工衛星で、全世界で相互通信を可能にするため、昨年、6つの軌道に66個の衛星が打ち上げられています。

 世界のどことでも携帯電話で即座に話ができる。確かにこれは便利なシステムですが、一面、電波天文学に大きな危機をもたらしています。電波天文学は、電波を観測することで、たとえば超新星残がい、銀河中心核など、宇宙に起こるさまざまな現象をとらえています。しかし、多くの場合、その電波は非常に弱いので、天文学者は巨大な電波望遠鏡を作って、そのかすかな電波を必死で追いかけています。しかし、イリジウム衛星を介して送られる電波は非常に強いので、宇宙からのかすかな電波はこれにかき消され、観測ができなくなってしまうのです。

 このため、ヨーロッパの天文学者は、観測の時間帯を確保しようと、イリジウム社と争ってきました。その結果、ごく最近、一応の合意が成立しました。有害な干渉を起こさないレベルにまで電波を抑える「静穏時(quiet time)」を作るというものです。「フランス、ドイツ,オランダ、イギリスの天文台に対しては毎夜7時間、さらに毎月2日週末にの静穏時を作る。イタリア、ポーランド、スペイン、スエーデンの天文台に対しては要求に応じて同様に対処する」というのが主な内容です。これまで、後退を余儀なくさせられてきた電波天文学にとって、これは久しぶりの、ささやかな勝利でした。

 しかし、電波天文学は、これで十分に満足しているわけではありません。周波数についてもいろいろの問題が起きています。たとえば、電波天文学には、1612メガヘルツ帯が国際法で確保されています。しかし、それに隣接する周波数帯を使うイリジウム衛星から漏れる電波がこの周波数帯を侵しているのです。これに抗議する天文学者の声に、ヨーロッパ各国政府は、イリジウム携帯電話の使用認可の差し止めをしたため、昨年8月、イリジウム社は、やっと、現在の衛星を、2006年までに電波漏れのない衛星に交換することを約束しました。

 問題はこれだけにとどまりません。水素原子の放射のある1400-1427メガヘルツ帯、70ギガヘルツ以上のミリ波帯にも、商業ベースの関心が向けられ始めています。電波天文学者は、大企業との悲観的な戦いを、これからも続けることになるでしょう。

参照

1999年6月17日          国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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