【転載】国立天文台・天文ニュース(245)

日付変更線の昨今事情


 国立天文台では、最近、日付変更線についての質問を何回か受けました。これが天文の話題かどうかわかりませんが、一応の説明をしてみます。

 日付変更線は、地球表面で北極と南極をつなぐ想像状の線です。多分、地図でジグザグに描かれたこの線に気付いたことがあるでしょう。この線を西から東に通過するときは日付を1日戻し、逆に東から西へ通過するときは日付を1日先に進めることになっています。このような線をどこかに考えないと、時間や日付を考えるときに矛盾が生ずるのです。

 日付変更線が必要であることは18世紀中に航海者に認識され、19世紀に入ってからは慣習的に太平洋の中央部で日付を変えることがおこなわれていました。1884年にワシントンで開催された万国子午線会議で、経度0度の線がグリニジを通ることが決められ、それに付随して、基本的に経度180度の線を日付変更線とすることが定められました。しかし、位置的にまとまった同一国家内で日付が変わることを避け、また陸地を通らないようにと、日付変更線はその一部を曲げて設定されたのです。北側では、ベーリング海峡で東へ、アリューシャン列島で西へと曲げられました。南ではトンガ諸島のところで東へ寄せられました。そのため、トンガ諸島は、世界でもっとも早く新しい日が来るところと考える人が現われました。「2000年を世界でもっとも早く迎えるクルーズ」としてトンガ諸島へ新年の旅行を企画している旅行社もあるようです。

 このような企画にケチをつけるつもりはありませんが、日付変更線について、最近の事情を考えてみましょう。子午線会議から100年以上経過し、太平洋の情勢は大きく変わりました。当時は西欧諸国が統治していた多くの島々はいくつかの独立国家になりました。その結果、日付変更線は、キリバス、ツバル、西サモア、トンガ諸国の領域を通過することになりました。特にキリバスは日付変更線の両側にわたって島々があるため、ひとつの国家で二つの日付があるという状態になりました。これではあまりに不便だということから、キリバスでは、東側の島々の日付を、全部西側の日付に合わせてしまったという話を聞いています。これは、実質的に、日付変更線を変えたことを意味します。

 実は、この話の確認がまだとれていません。単なる噂なのかもしれません。もしその話が正しいとすると、トンガより早く新しい日のくる場所ができます。もっとも早いのは西経150度のカロリン島になります。しかしそんなことよりも、言っておきたいのは、このような変更は、届け出るとか認可を受けるといった制度がどこにもないことです。その国でどのようにするかを決めればそれだけで決まってしまうのです。したがって、これら日付変更線近くの国々の決定によって、日付変更線は今後も変わる可能性があります。もともと想像状の線である日付変更線は、幻の線の性格をより以上に深めているのかもしれません。

1999年3月18日         国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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