【転載】国立天文台・天文ニュース(237)

アメリカの天文台と光害


 アリゾナ州ツーソン市の南60キロメートルにあるホプキンス山には、口径6.5 メートルのマルチミラー望遠鏡、その他いくつかの観測施設を備えたホイップル天文台があります。この天文台は、周辺住民と、これまで何ら問題を起こすことなく共存してきましたが、昨年、その状態をゆるがす事態が起こりました。それはアリゾナ州の開発業者が、9億ドルの費用をかけて、ツーソンの南30キロメートル、ホプキンス山麓のキャノア・ランチと呼ばれる農業地区20平方キロメートルを開発する計画を打ち出したからです。業者は、そこに6000戸の住宅をつくり、大規模な商業地区を建設するというプランをピマ郡当局に申請したのです。この計画は、現在許可されている住戸数の4倍に当たり、事務所、商店、空港なども含まれます。これは、ホイップル天文台の観測環境に深刻な影響を与えるおそれがあります。

周囲の都市化による天文台の光害問題はいまに始まったことではありません。それに対する規制もおこなわれてきました。アリゾナ州はこの問題に対してむしろ先進的で、1972年に最初の屋外照明法(Outdoor lighting code)が制定され、通常の市民生活に影響を与えない範囲で大都市の市街光を弱めることが定められました。この規定はその後何回か改訂されています。屋外照明法委員会(Outdoor Lighting Code Committee)からの問い合わせに答えて、業者側は、この開発はそれほど光害を生じることはなく、夜空の明るさもほとんど変わらないと説明しました。

 しかし、天文学者たちはこの説明に納得しませんでした。アメリカ海軍天文台のフォルツ(Foltz,Crage)らは、夜空の明るさは業者側の見積もりの6から7倍になり、現在の明るさを10-15パーセント増加させると試算しました。これは天文観測を危うくする大きさです。そうなれば、納税者による天文台への2億2000万ドルの投資を無駄にすることになると、開発に反対する天文学者1500人は、電子メールで反対の請願をおこない、郡の担当者に開発中止をアッピールするファックスを送りました。これに対して開発業者側は、「損害賠償の訴訟も辞さない」と露骨な脅しをかけるまでになり、対立はエスカレートしました。

 開発の可否は、選挙で選出されている郡の執政官5人によって採決されます。1月半ばにおこなわれた採決は、4対1でこの開発計画を却下することを決定しました。この決定によって、少なくとも当面、ホプキンス山の夜空は守られることになりました。天文学者たちはこの決定をよろこび、安堵のため息をもらしたのです。

 ただ、この問題がすべて決着したのでないことは明らかです。開発業者は「天文台を困らせたいわけではない」と態度を軟化させながらも、規模を縮小した計画を再申請する構えです。アリゾナ州に限らず、どこの州、どこの国でも、天文学者は、これからずっと都市化による光害と戦い続けなければなりません。「すでに戦い敗れた」との声もありますが、日本でも同様です。

参照

1999年2月4日         国立天文台・広報普及室


転載: ふくはら なおひと(福原直人) [自己紹介]

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